第128話 二度寝ほど心地いいものは無い
翌日、目を覚ました
昨晩は確かに
……いや、よく見てみれば場所が変わったのは自分の方だ。いつの間にか夕奈のベッドから元のベッドへ戻っている。
「唯斗、おはよ」
「あ、おはよ」
「……」
ゆっくりと目を開いて挨拶をしたこまるは、背中に回されている彼の腕を見て不思議そうな顔をした。
それに気が付いた唯斗は慌てて手を離そうとするが、彼女は「あと5分」と首を横に振って見せる。
「……うん、あと5分ね」
チラッと目をやったもうひとつのベッドに夕奈の姿はなく、シーツや布団は綺麗に整えられていた。
早く起きてどこかへ行ったのだろうか。
「夢、だったのかな」
「何が?」
「いや、こっちの話」
「そっか」
「うん。あ、あと4分ね」
「……ケチめ」
「冗談だよ、6分にしてあげる」
「太っ腹」
こまるは無表情ながらも瞳をキラキラとさせると、布団の中から取り出したスマホで唯斗の顔をパシャリと撮影した。
「記念に」
「大袈裟すぎない?」
「……ハグは特別、過ぎることは無い」
「そっか。まあ、有難がってくれるのは嬉しいよ」
「唯斗も記念する?」
「僕は別に……わかったよ、記念にする」
一度は断ろうとしたものの、じっと見つめてくる攻撃に押し負けてしまい、結局こまるの写真を一枚撮った。
こんなのが保存されてるなんてバレたら、夕奈はすごくからかってくるんだろうね。いや、それとも自分も撮れと言ってくるかな。
「あと4分だよ」
「……」
「はいはい、あと5分にするから」
「さすが」
出会った頃よりも少し印象が変わった気もする彼女を抱きしめつつ、唯斗はウトウトと二度寝モードに入るのであった。
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結局、あれからぐっすり眠ったせいで1時間延長で抱きしめることになった唯斗は、こまると一緒に朝食を食べた後、
「唯斗君とマルちゃん、やっと起きたの?」
「まあね」
「さては、2人でイチャイチャしてたんでしょ!」
「「……」」
「え、ほんとにしてたの?」
「ハグしただけだよ」
「……ふん!」
何故か突然怒って箒を押し付けてきた彼女は、「部屋の掃除、二人でやって!」と言い残してどこかへ歩いて行ってしまった。
腑に落ちないがおかげで確信できたよ。昨晩のはやっぱり、疲れてたせいで見た悪夢だったんだね。
そもそもベッドを移動していることがおかしいし、何より夕奈があんなに可愛く見えるわけないもん。
「こまる、掃除しようか」
「わかった」
唯斗たちは自分たちの使ったコテージへと戻ると、塵一つ残さないように丁寧に隅々まで綺麗にするのであった。
一方その頃、夕奈は木の裏に腰を下ろしながら落ち込んでいた。理由はもちろん2人が仲良さげだったからである。
「マルちゃん酷いよ、私が唯斗君のこと好きって知ってるのに……」
そう呟きながら近くに落ちていた小石を投げる彼女だが、心ではちゃんと分かっていた。
応援してくれていたはずの友達が、冷凍倉庫の件をきっかけにライバルに変わったということを。
「マルちゃんは悪くないんだよ。気持ちに正直なだけなんだから」
わざと口に出すのは自分に言い聞かせるため。こうでもしないと、こまるに対して何の抵抗も感じていない唯斗の顔が過ぎってしまうから。
自分には向けてくれないその気兼ねなさと、決していさせてくれない距離感に嫉妬してしまうから。
「大丈夫、夕奈ちゃんは可愛い。可愛いんだから唯斗君なんかが落ちないわけないよね」
心は不安で押しつぶされそうになりながら、表情だけはいつもと変わらない笑顔をキープ。
こんなところで落ち込んでたら、せっかく迷惑かけないように昨晩のハグをなかったことにしたのに、その努力が台無しになってしまう。
「……よし、いつもの夕奈ちゃんだ」
彼女はしっかりと自分らしさを整えてからペンションに戻ると、何食わぬ顔で扉を勢いよく開くのだった。
「そろそろ掃除は終わったかー!」
「まだだよ」
「遅いなー! 仕方ない、夕奈ちゃんが手伝ってあげるとしますか」
「自分も使った部屋なんだから当たり前でしょ」
「夕奈ちゃんは存在するだけで、むしろ空気を綺麗にしてるんですぅー」
そのドヤ顔に向かって唯斗が「歩く温暖化促進機じゃん」と呟いたのを聞いて、夕奈が『これでこそ唯斗だね』と心の中で微笑んだことは言うまでもない。
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