第127話 眠るカイロ

 瑞希みずき風花ふうか花音かのんが自分たちのコテージに戻り、こちらの3人も布団に入ってから1時間弱が経過した頃。


「……」

「すぅ……すぅ……」


 寝相のせいで落ちてしまわないようにと壁側にこまるを寝かせていた唯斗ゆいとは、音を立てずにそっとベッドから降りる。

 そして薄暗い部屋の中を移動すると、いまだに布団を被ってプルプルと震えている夕奈ゆうなの傍へしゃがんだ。


「ねぇ、夕奈」

「ひっ?!」

「静かにして、こまるが起きちゃうよ」


 唯斗は目が合うなり悲鳴を漏らす彼女の口を手で塞ぎつつ、人差し指を唇に当てて「しーっ」とやってみせる。


「ほ、本当に夜這いしに来たの……?」

「そんなわけないじゃん」

「じゃあ何をしに来たのさ!」

「うるさい、静かにしてって言ってるでしょ」

「んにゃ……」


 両頬をむにっとやると、少し不満そうではあるがちゃんと黙ってくれた。

 これからすることはこまる……いや、夕奈以外の人に見られると都合が悪い。だから唯斗はここまでしつこくいっているのだ。


「夕奈、抱き枕を忘れたって言ってたでしょ?」

「確かに言ったけど……」

「あれって『抱き枕になって』って意味だよね」

「……ふーん? 唯斗君にもわかったんだ?」

「うん。だから、察しが悪いなんて言わせないよ」


 彼がそう言って立ち上がると、夕奈は少し残念そうな顔で「あっ……」と声を漏らす。

 彼女がこの表情をするであろうことは唯斗も予想していて、自分のベッドに戻る振りをすることで確信を得たかったのだ。

 抱き枕の件が自分を試すためだけの言葉ではなく、本心からそう思っていたということを。


「ほら、僕の寝るスペースも開けてよ」

「ふぇ?」

「抱き枕、無いと眠れないんでしょ?」

「あ、いや、えっと……ほんとにいいの?」

「約束しちゃったからね、『ハグくらいなら期待していい』って」

「……そっか、ありがとね」


 夕奈はいつものようにふざけることなく、可愛いと言わざるを得ない笑顔を浮かべながら唯斗を見上げる。

 月明かりに照らされていることもあって、普段よりも優しく儚そうに唯斗には見えた。


「唯斗君、おいで」


 自分の体を少し奥側にスライドしてから、迎え入れる用意をするように布団をめくりつつそう言う彼女。

 唯斗は何かに背中を押されるようにベッドへ上がると、夕奈に背を向けたまま広げられた腕の間に入り込んだ。


「どうして背中向けちゃうの?」

「寝顔なんて見られたくないでしょ」

「別にいいよ。むしろ見守ってて欲しい」


 本当は向き合うと気まずくなりそうだからなのだが、そう言われてしまえば向かざるを得ない。

 唯斗はそっと体を反転させて夕奈と顔を突き合わせ、嬉しそうな彼女の顔を数秒間見つめた。


「抱きしめてもいい?」

「いいよ。でも優しくね」

「うん」


 夕奈は彼の背中に腕を回すと、胸に顔を埋めた。それだけでは飽き足らず頬擦りをしたり、スンスンと匂いをかいだりしてくる。

 正直、何が楽しいのか分からないけど、「やっぱりこうしてると安心するね」と言うので眠れそうなのかもしれない。


「抱きしめるだけなら、僕よりこまるの方がサイズ感はいいと思うんだけど」

「わかってないねぇ。唯斗君だからいいんだよ」

「それは男だから?」

「違う、唯斗君だから」


 彼が「まあ、喜んでくれるなら別にいいけど」と言うと、夕奈はにっこりと微笑みながら「もう大満足だよ、逆に目が冴えちゃうくらいにね」と呟いた。


「夕奈ちゃん、いつもこんなだから勘違いされやすいんだけどさ」

「うん」

「唯斗君と絡み始めるまで、男の子と話すの苦手だったんだよ」

「へぇ、意外」

「唯斗君となら自然体でいられるって言うか、気を遣わなくていい気がして……」

「出来ればもう少し礼儀をわきまえて欲しいけど」

「……ごめんね、私も気をつけたいと思ってるけど、唯斗君を前にすると繕えなくなるの」


 冗談味なんて微塵も感じられない声色に、唯斗は喉まで出かかっていたツッコミの言葉を腹の奥へ押し戻す。

 生まれてからずっとぼっちだった訳ではなく、人生の途中からそうなった彼には、『誰かに本当の自分を見せてもらえる幸せ』はよく分かったから。


「ハグもキスも、今みたいに添い寝だって他の人としたことない。唯斗君だけなの、嘘じゃないよ」

「僕は天音あまねと昔してたらしいけど」

「それは子供らしいやつでしょ? 今はそう言うこと言ってるんじゃないから」

「ごめん、つい言いたくなっちゃって」


 夕奈はその言葉に少し呆れたような顔を見せたが、やがてクスクスと笑うと「そういうところ、好きだよ」と抱きしめる腕に力を込めた。


「私が寝たら離れてもいいからね」

「わかった」

「わざわざ来てくれてありがと、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 そう言い合ってから少しして、夕奈は穏やかな寝息を立て始めた。さすがに体が疲れていたのかもしれない、昼にも色々あったからね。


「……って、離れられないじゃん」


 ウトウトしつつそろそろベッドから降りようと思った頃、唯斗はいつの間にか腰に足を巻き付けられていることに気がついた。

 これでは無理に起き上がろうとすると起こしてしまう可能性がある。さすがの彼も幸せそうに寝ている夕奈を起こす気にはなれなかった。


「仕方ない、ここで寝るかな」


 出られないなら仕方ないと自分に言い聞かせ、布団をしっかりお腹の位置まで被せる。

 そして寝言で何度も名前を呼んでくる夕奈に「うるさいよ」とため息をこぼした後、「抱き枕分の報酬、貰うからね」と囁いて自分からも彼女をそっと抱きしめた。


「……あったかい」


 人肌はカイロよりも幸せな温度に感じられた。

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