第126話 嘘と命名された真実

 唯斗ゆいとはあれから、ずっと夕奈ゆうなの言葉について考えていた。

 抱き枕を忘れた……だからどうしたというのか。単に報告しただけなら、あんな言い方にはならないだろうし、何か別の意図を含んでいることは間違いないのだが……。


「唯斗君の番だよ?」

「え? あ、ごめん」


 いつの間にか回ってきていた順番に、慌てて手を伸ばした彼はうっかりタワーに指をぶつけてしまう。

 既に土台が不安定になっていたせいか、タワーはあっさりと崩れてしまい、その瞬間唯斗の負けが確定した。


 一種の喪失感にため息を零す彼へ、夕奈はここぞとばかりに「やーい、唯斗君の負けー!」と指を差してケラケラと笑う。


「夕奈、あんまり煽るなよ」

「おだっち傷ついちゃうからね〜」

「それな」

「私の時と対応が違い過ぎない?!」


 「私、一発ギャグさせられたんだよ?」と抗議する声もあっさりスルーし、4人は唯斗に励ましの言葉を送ってくれた。

 おかげで失敗の責任にめげずに済んだ彼はせめてもの償いとして、みんなに「何か罰ゲームがあるの?」と聞いてみる。


「そうだな、無しはさすがに不公平だからな」

「腕立て伏せ10回とかですか?」

「それは少し甘いだろ」

「夕奈ちゃんと10秒間見つめ合うとかは〜?」

「僕が石になっちゃうよ」

「わたしゃメデューサか」


 そのツッコミに「なら鏡見れないね」と返すと、「こんな可愛い顔が見れないなんて絶望しちゃう!」なんて言ってくるので、とりあえず適当に「うん」と頷いておいた。


「唯斗君も可愛いと思う?」

「うん」

「この顔に告白されたら断れないよね」

「うん」

「じゃあ付き合ってよ」

「いや、無理」

「そこは『うん』って言うところじゃん! さては夕奈ちゃんが可愛すぎて遠慮しちゃってるんだね!」

「するわけないじゃん、何言ってるの」

「真顔で言うのやめてくれない? 内心すごい傷ついてるから……」


 どうやら本当に辛いようで、胸を押える彼女に唯斗もさすがに「ごめん、冗談だから」と謝る。

 遠慮していないのは本当だけど、前々から言っている通り顔がいいのは間違いないからね。


「正直、鏡見るの楽しそうだなって思ってるよ」

「そ、それは夕奈ちゃんが可愛いからかい?」

「うん、僕もイケメンに生まれて鏡の前で決めポーズとかしてみたかったなぁ」

「今のままでも十分よ。夕奈ちゃんのストライクゾーンに入ってるし」


 心の中だけで『本当はど真ん中だけど』と呟いた夕奈は、瑞希みずきたちが作り直してくれたタワーからピースを引き抜く。

 唯斗が「広いんだね、ストライクゾーン」と言うと、彼女は不満そうに眉をひそめた。


「私のストライクゾーンはドラ〇もんレベルよ」

「いや、よく分からないけど」

「極狭ってこと」

「僕はそこに入っちゃったってことか……」

「なんか嫌そうだなぁ?!」


 カミ〇リのようなツッコミを入れた夕奈は、短くため息をつくと「はっきり言うけどさ」と横目で唯斗を見る。


「夕奈ちゃん、唯斗君しか好きになれないかんね」

「趣味悪いね」

「おい、喜べや」

「今のは本気で言ってたの?」

「私が嘘ついたことある?」

「もはや日常に溶け込んでるよ」

「……今回は嘘じゃないから、信じて」


 真っ直ぐな瞳に見つめられ、彼は反射的に「分かった」と答えてしまった。

 それを聞いた夕奈は突然立ち上がると、座っている唯斗の肩に手を置いて体重をかけてくる。


「夕奈……?」

「唯斗君、好きだよ」


 迫ってくる唇に思考が追いつかず、抵抗する間もないまま互いの距離が縮まっていき―――――――。


 ちゅっ


 そんな音が室内に響いた。が、自分の唇に触れる感覚がやたら無機質なことに首を傾げた彼は、怯えるあまり下ろしていた瞳を見開いた。


「えへへ、騙されちゃった?」


 得意げに笑う彼女は、唯斗の唇に触れていたジェンガのピースを軽く振って見せると、そこに書かれているお題を読み上げる。


「『嘘コクをして信じさせること』だってさ、成功しちゃったね♪」

「……あー、夕奈のこと二度と信じない」

「なんで?!」


 その後、もう一度タワーが崩れる15分後まで、執拗に話しかけてくる彼女を唯斗は延々と無視し続けたそうな。


「ゆ、唯斗君? 私もう反省したから、そろそろ話してくれてもいいんじゃない……?」

「……」

「ジェンガのことは嫌いになっても、私のことは嫌いにならないでぇぇぇ!」

「……」

「こうなったら夜這いしてやるかんね。何がなんでも口を開かせてやんよ」

「なんなら僕からしてあげようか?」

「やれるもんならやってみぃ!」

「わかった、楽しみにしてて」


 この後、夕奈が言葉だけしか知らなかった『夜這い』の意味を調べ、布団に入ってから一人プルプルと震えていたことは言うまでもない。

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