第122話 大事なことは鈍感な人にも分かるようにすべし

 キャンプファイヤーという定番イベントも終え、自分たちのコテージに帰ってきた唯斗ゆいとたち3人。

 次に彼らへ訪れたのは一つの選択……そう、お風呂の順番決めである。


「誰から入るの?」

「誰からでもいいよ」

「同じく」

「いやいや、もっと悩もうよ!」


 夕奈ゆうなはそう言って地団駄を踏むと、ベッドの上でくつろいでいた唯斗の体をペシペシと叩き始めた。


「こういう時って男の子が先に入るものなんだよ!」

「どうして?」

「だって可愛い女の子が入ったお湯やん? いくら唯斗君でも味見くらいするっしょ」

「……そんな気持ち悪いことよく考えるね」


 唯斗が「汚れたお湯なんて飲みたいわけないでしょ」と言うと、彼女は「ま、漫画にそう書いてあったもん!」と不満そうな顔をする。

 しかし、彼女は何かを思いついたようにニヤリと笑うと、「それにしても暑いなー」と呟きながら服の胸元をパタパタとさせた。


「汗かいたなら先に入ってきなよ」

「夕奈ちゃん、唯斗君と一緒に入りたいなー♪」

「……は?」

「今なら全身ゴシゴシしてあげちゃう!」

「それくらい自分で出来るけど」

「チッチッチッ、人にしてもらう良さがあるのだよ」


 何が言いたいのかよく分からないが、唯斗にとってそれは余計なお世話と言うやつである。

 一瞬だけ夕奈のキメ顔に視線を向けてから、何も言わずに目を逸らしてくつろぎを再開した。


「あのさ、唯斗君。前にも言ったけど、夕奈ちゃんってそこそこモテるわけですよ」

「2年生になってから15人に告白したんだっけ」

「ちゃうちゃう、したんやなくてされたんや! てか数ちょっと盛るなし」


 「この前ので12人になったかな」とドヤる彼女に「その全員を笑顔で切り捨ててるわけか」と言うと、「いや、ちゃんと真面目に対応してるからね?!」と訂正される。

 夕奈なら『ごめん、無理っしょw』くらいのノリで断ると思っていただけに、唯斗も少しばかり驚いてしまった。


「もったいないね、せっかく告白してくれてるのに」

「ま、まあ、好きな人じゃなきゃ意味ないし?」

「僕も可愛い女の子に告白されてみたいよ」

「へぇ、唯斗君もそんなこと思うんだ……ってちょっと待て」


 ぽつりとこぼした何気ない呟きに制止をかけた夕奈は、どこか焦ったような表情で彼のことを見下ろす。


「唯斗君、告白されたことないと思ってる?」

「強いて言うならハルちゃんだけかな」

「……えっと、私は?」

「どうして夕奈が僕に告白するの」


 その返しに彼女は空いた口が塞がらなかった。

 あれだけ『あなたのためなら何でもする』と積極的にアピールしたと言うのに、まさか伝わっていなかったなんて……。

 いや、もしかすると向こうも確信が持てなくてためしているだけかもしれない。

 そう思った夕奈はこまるに聞かれないように、小声で探りを入れてみることにした。


「唯斗君、最近女の子といい感じの雰囲気にならなかった?」

「いや、なってないけど」

「自分を求められたりは?」

「してないかな」

「私のこと押し倒したでしょ?!」

「別に倒してないよ、受け止めただけだし」


 ダメだ、唯斗はあの時のことを告白だと思っていないらしい。ということは、単に変なアピールをしてきたビ〇チだと思われているのでは……?

 夕奈はそう思うとやるせない気持ちになったが、かと言って今更あれを本気だったというのもかなり恥ずかしい。

 告白はまた今度認識させるとして、彼女はとりあえずさっさと忘れるように促すことにした。要は刺激的な記憶で上書きすればいいのである。


「やっぱり一緒にお風呂入ろう!」

「イヤだよ」

「カノちゃんとは入ったくせに!」

「あれは仕方なかったからね」

「やーい夕奈ちゃん差別だ!」

「夕奈、これは区別って言うんだよ」


 唯斗がそう優しく諭しつつ「貸し1つ使って拒否する」と言うと、夕奈は「そんなに私じゃ不満か!」と床に崩れ落ちた。

 そんな彼女をじっと眺めていたこまる。彼女はトコトコとこちらに歩いてくると、何を思ったのか両手を差し出してカクッと首を傾げる。そして。


「私と入って」

「こまるならいいよ」

「やった」


 相変わらずの無表情ながらも、敗北者夕奈の目の前で嬉しそうにガッツポーズをするのであった。


「どうして私はダメでマルちゃんはいいのさ!」

「危ない匂いがしないから」

「誰が危険臭地雷女やおら」

「危険臭及び騒音発生機能付き地雷女だよ」

「アップグレードさせんなし」


 そんなこんなで駄々をこね続ける夕奈を無視してこまると2人で入ろうとしたものの、唯斗はここの風呂に鍵が付いていないことに気がついてため息をこぼすことになる。

 その後どうなったのかは、ご想像におまかせしよう。ただひとつ言えることは、彼にとって風呂が癒しの空間でなくなったということだけだ。

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