第121話 熱し過ぎにご用心

 唯斗ゆいとは結局、夕奈ゆうなが落ち着いてくれるまで傍に居てあげることにした。

 自分のせいでこうなっているわけで、彼女を放って置いても結局は心のどこかで気にかけてしまうと思ったから。


「夕奈、ちょっと遅すぎるぞ」

「待ちくたびれたよ〜」

「それな」


 一緒にコテージから出た2人は軽く文句を言う3人に謝りつつ、その隣でウトウトとしている花音かのんを起こしてあげた。


「はっ?! こ、ここは?」

「コテージに囲まれた広場だ」

「いつの間にこんなところへ……?」

「カノ、寝ぼけすぎだ。自分で歩いてきただろ?」


 一度自分で頬をつねり、意識をはっきりさせてから思い出してみた彼女は、「あ、そうでした」と照れたように後ろ頭をかく。

 そんな空気の温まってきた頃、こまるのお父さんが追加の薪を抱えて歩いてきた。

 花音が月明かりに白く照らされたその顔を見て「お、おばけです!」と叫びそうになるが、慌てて瑞希みずきが口を塞いでくれたおかげで聞こえなかったらしい。

 お父さんは気にする様子を見せないまま、パンパンと手を叩いて注目を集めた。


「みんな、準備は出来たか?」


 組み立てられた薪を囲うように並べられたベンチに腰掛け、それぞれが互いに目で確認してから首を縦に振る。


「それなら始めよう」


 お父さんがそう言うと同時に、鼻歌を歌いながらマコさんがコテージの影から姿を現した。

 その手には松明が握られていて、あれで薪に火をつけるらしい。どうして鼻歌の選曲が森のくまさんなのかは謎だ。


「それじゃあ、キャンプファイヤー開始〜!」


 そう宣言して松明を薪に触れさせた瞬間、燃え移った火がゆっくりと隣合う薪へと広がっていき、やがてひとつの炎へと成長する。

 それまで月明かりで薄らとしか見えなかった表情が、オレンジ色に照らされてはっきり分かるようになった。


「みんなでマシュマロを焼いてみるなんてどうだ?」

「それ、一度やって見たかったです!」

「私も私も〜♪」

「同じく」


 瑞希が持ってきたマシュマロを受け取り、同じく持ってきてくれていた金串に刺す彼女たち。

 その表情を見ているだけで唯斗も微笑んでしまいそうになるくらい、みんな楽しそうに笑っていた。


「……」


 そんな風にボーッと眺めていると、隣に座っていた夕奈が立ち上がってマシュマロと串を2つずつ受け取って戻ってくる。

 そして再度彼の隣に腰を下ろすと、ワンセットを手渡してにっこりと微笑んだ。


「唯斗君もに入ってるんだよ?」

「……そうだね、ありがとう」


 唯斗はお礼を口にしてからマシュマロを刺した串を、瑞希たちの真似をして焚き火にかざしてみる。

 クルクルと回しながら様子を見ていると、白かった表面が段々ときつね色に変わっていき、甘い匂いが漂ってきた。


「そろそろいい感じ?」

「そうだね」


 夕奈の方も上手く焼けたようで、満足げに微笑んでからパクリとひと口で食べてしまう。

 しかし、焼きマシュマロは当たり前だが熱い。彼女は口を半開きにしたまま「あふいあふい!」と助けを求めてきた。


「ほら、飲んで」


 そう言って蓋を開けてからペットボトルを渡してあげると、夕奈は慌てて水を口に含んでマシュマロを冷ます。

 せっかく焼きたてだって言うのに、水と混ざってしまっては美味しさも半減しちゃうね。


「気を付けないと危ないよ」

「そ、その通りでございます……」


 痛い目を見て反省したらしい彼女は、「唯斗君も気をつけないとね」と言いながら彼の持つ串のマシュマロに顔を近付けた。

 そして「ふーふー」と優しく息を吹きかける。どうやら火傷しないように冷ましてくれているらしい。


「それくらい自分でできるよ」

「助けてくれたお礼くらいさせてくだせぇ♪」

「まあ、そう言うなら好きにしていいけど」

「……好きにして、いいんだね?」


 みの〇んたに寄せた言い方でにんまりと笑った夕奈は、何を思ったのか唯斗のマシュマロをパクリと食べてしまう。


「……は?」


 もちろんこれには彼も困惑し、マシュマロを咥えながら見つめてくる彼女をじっと見つめ返した。


「何してくれてるの」

「ふひうふひらほ」

「いや、何言ってるか分からないし」


 唯斗が「それはもう食べれないからあげる」と言って新しいのを貰いに行こうとすると、夕奈はブンブンと首を横に振りながら彼を引き止める。


「くちうふひ!」

「……口移し?」

「……♪」コクコク


 伝わったことで満足そうに頷きつつ、唯斗の目の前で一生懸命背伸びをして見せる彼女。

 軽く唇を突き出しながら目を閉じているあたり、後になって冗談でしたと言うつもりはないらしかった。


「……わかった、食べるよ」

「うん♪」


 嬉しそうに返事をする夕奈には悪いが、唯斗は密かに花音に向けて手招きをして呼び寄せると、静かに抱え上げてそのマシュマロを食べさせる。

 ほんの数十分前に拒んでおきながら、こういうことをするという矛盾を生みたくなかったのだ。


「ほ、本当に良かったんでしょうか……」

「女の子同士ならノーカンって聞いたことあるよ」

「なら大丈夫ですね♪」


 ホッと胸を撫で下ろす花音には元の位置に戻ってもらい、「まだダメなの?」と聞いてくる夕奈に「もういいよ」と伝えて目を開けさせる。


「ふふん♪ 唯斗君もたまには積極的だね?」

「……まあ、そんな日もあるかな」


 夕奈の背後で笑いを堪えている3人も空気を読んで、真実を口にしないままキャンプファイヤーは終わりを迎えたのだった。

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