第116話 慌てず騒がず諦めず

「これで全部」


 こまるが最後の野菜をカゴに入れたことで、倉庫の棚は全て空っぽになった。

 このシーズンの営業は終わりなため、物を残さないようにするのが毎年の決まりらしい。


「帰る」

「夕奈ちゃん、そろそろ寒さの限界かも」

「僕も早く温まりたいよ」


 両手を擦り合わせながら2人が出口に向かって歩き出した……その瞬間だった。

 何やらガコン!とブレーカーが落ちるような音が倉庫内に響き、ずっと聞こえていたモーター音も聞こえなくなる。

 一体何事かと奥にある機械を確認してみると、中の空気を冷やし続けていた冷却装置が停止してしまっていた。


「電源が落ちたのかなー?」

「そうみたいだね」


 例え今冷却装置が動かなくなったとしても、倉庫内は空っぽになるので特に問題は無い。

 唯斗はそう判断して再度出口へ向かったのだが、そこではこまるが扉の前で立ち尽くしていた。


「どうしたの?」

「……開かない」

「え?」


 こまるが言うには、扉が閉まっている時には温度を保つ為に常時密閉されていて、電力が切れたせいでそれを解除する電子ロックの操作も出来なくなったらしい。


「えっと、要するに今の私たちは……」

「……うん、ピンチだね」


 倉庫の中には電波が届かない。つまり、スマホがあっても助けを呼ぶことが出来ないのだ。

 冷却装置が止まったと言えども、既に冷やされた空気はなかなか温まらない。何時間もここに閉じ込められていれば、本当に凍えてしまうだろう。


「非常用の出口はないの?」

「無い。これは想定外」


 本当ならいつ停電しても大丈夫なように、電子ロックは予備の電力がすぐに供給される仕組みになっていた。

 しかし、それすらも機能していないということは、これは停電ではなく機械トラブルなのかもしれない。


「まずい、そうだとしたら助けは来ない」

「どうして?」

「コテージは停電してない。みんな気付かない」

「……自分たちで何とかするしかないってこと?」

「でも、どうしようもない」


 出口は閉ざされたこの一つだけ。人が抜けれそうな穴も無ければ、壊せそうな壁もない。

 生き残ることが出来る方法は、この冷気が全て温かくなるまで耐え凌ぐことだけだった。


「私はこんなところで死ぬのか……」

「夕奈、諦めないで」

「だって助かる道なんてもうないじゃん!」


 彼女はそう言うと、自暴自棄になったように「ええい、それならいっそのこと……」と言ってパーカーを脱ぎ捨てる。


「何やってるの、すぐ着直して」

「どうせならやりたいことやってから死ぬー!」

「え、待っ――――――――」


 唯斗が止めようとするのも間に合わず、夕奈は彼の肩を掴むと思い切って自分の方へと引き寄せた。

 そして、あの時は出来なかったキスを強引に済ませ、唇を離すと同時に鼻血を噴き出して気を失ってしまう。


「……」


 唯斗は考えた。このキスになんの意味が込められていたのかを。

 しかし、悩みに悩んだ結果出てきたのは、『夕奈の頭がおかしくなった』というものだけだった。


「仕方ないよね、こんな状況だもん」

「……唯斗、バカか?」

「バカは夕奈だよ。寒いのに上着脱いだりして」


 こまるが呆れていることも気にせず、唯斗は倒れている夕奈の上半身を起こしながら上着を着させてあげる。

 それからティッシュもないので自分の服で鼻血を拭ってやり、青白くなってきている肌をゴシゴシとさすった。


「こまるもこっちにおいで、寒いでしょ」


 気を失っている夕奈も危険だが、体が小さいこまるも消耗が激しいだろう。

 そう考えた唯斗は夕奈の体を抱きかかえるようにすると、こまるもまとめて背中を摩ってあげた。


「お前、疲れる」

「大丈夫、こうしてる方が僕も温かいから」

「……そっか」


 心配そうに見つめていた彼女は唯斗から視線を外すと、夕奈の体にぎゅっと抱きついて必死に温めてくれる。

 そうやって何とか時間を稼いでいるうちに、気がつけばコテージを離れて1時間が経っていた。

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