第113話 『ゆっくり』時々『ガッツ』

 コテージの使い方と雰囲気に慣れてきた頃、一行は山らしいことをしようと近くの川へ来ていた。


「山と言えば川釣りだよな」

「美味しい魚が釣れそうだね〜♪」

「わかる」


 こまるのお父さんから借りてきた釣竿を担ぎながら歩いていた3人は、良さそうなポイントを見つけると折りたためるイスを置いて釣りを開始する。


「釣りなんて古い! 今の時代は手掴みだよ!」

「そ、その通りです!」


 ショートパンツにノースリーブ姿の夕奈はと言うと、気を遣ってくれている花音かのんを強引に引き連れて川の中へと入っていった。

 唯斗ゆいとが聞いた話によると、瑞希みずきたちと釣りに行った時、一人だけ何も釣れなかったことを根に持っているらしい。


「どうせ釣竿足りないんだし、唯斗君もおいで!」

「イヤだよ、わざわざ濡れるなんて」

「相変わらずつれないねぇ」

「釣れないのは夕奈でしょ」

「古傷を抉らないでくれる?!」


 夕奈は「そんなに言うなら2人でやりますよー」と言って顔を背けると、魚を見つけてバシャバシャと駆け寄っていった。

 しかし、そんなに音を立てれば警戒心の強い魚はすぐに逃げ出してしまう。不意をつかなければ手掴みはかなり厳しいのだ。


「逃げるな臆病者ー!」

「そりゃ逃げるに決まってるでしょ」

「なっ?! そう言う唯斗君には出来るんか?」

「分からないけど、夕奈よりは近づけると思うよ」


 釣り組の隣に腰かけて見学していた唯斗は、仕方ないという風に立ち上がってズボンの裾を捲ると、魚を探しながら川の中へ入っていく。


「夕奈はズカズカ行き過ぎだね」

「でも、そこが夕奈ちゃんのいいところだしぃ?」

「そうだとしても、魚はそれが苦手なんだ」


 彼はそう言いながら向こう側を向いている魚を見つけると、なるべく水音を立てないようにゆっくりと歩み寄った。

 そして手の届く距離まで近付いたと判断すると、躊躇なくエラの辺りを両手でホールドして持ち上げる。


「ほら、捕れた」

「ま、まじか?!」


 驚きのあまり口の塞がらなくなる夕奈に魚を手渡すと、彼女は手の中で必死に暴れるそれを眺めながら「こいつはすげぇや……」とため息を漏らした。


「まあ、歩く騒音機には一生無理かもね」

「そ、そんなことないしー!」

「ならやって見せてよ」

「やってやんよ!」


 夕奈はそう言いながら魚を持ち帰るためのケースに入れると、キョロキョロと次の魚を探し始める。

 見つけた魚は唯斗が捕まえたのより一回り大きく、頭の向きから視界に自分は入っていないことが分かる。


「ふふふ、第一犠牲者発見♪」


 ニタニタと笑いながら近付いたのが悪かったのかもしれない。魚は何か良くないものを感じ取ったかのように突然動き始めたのだ。


「なっ……逃がすか!」


 すかさず夕奈は水面にダイビング。さすがの身体能力で魚を掴みはしたものの、鱗がヌメヌメするせいでするりと抜け出されてしまう。


「こんにゃろ! 諦めて私の食料になるんだ!」


 どうしても諦めきれない彼女は、水が跳ねるのも擦り傷が出来るのもお構い無しに追いかけ回し、ついに魚を浅瀬へと追い詰めた。


「ふっ、この戦いももう終わりのようだね」

(夕奈を見つめる魚)

「君を捕獲すると少し寂しくなるな」

(隙を見計らって魚は逃げ出そうとする)

「おっと、まだ抵抗する気かな?」


 進行方向へ移動してわざと水を跳ねさせると、音に脅えたのか魚は元の位置へと引っ込んでしまう。

 その様子にご満悦の夕奈は、勝利を確信したように高笑いをすると「お命頂戴!」と叫んで手を伸ばした。

 しかし、ここまで逃れ続けた魚も馬鹿ではない。最後の抵抗とばかりに左側へ大きく進んだ。


「そんな手は通用しないと―――――――なっ?!」


 追いかけようと夕奈の重心が左へズレた瞬間、魚は予測していたかのように方向転換して右側へと泳ぐ。

 だが、夕奈の反射神経はそれをも上回り、すぐさま強引に重心を右へ倒して再度魚の進行方向を妨害した。そして――――――――――――。


「とりゃぁぁぁぁぁ!」


 玉砕覚悟の突進をしてきたかに思われた魚は、左右に揺さぶられたことで開いていた彼女の股下を見事にすり抜け、川の下流へと逃げていったのである。


「…………あっ」


 そして激戦を経て最後の最後でしてやられた夕奈は、股抜きする魚を追いかけようとしてバランスを崩し、でんぐり返りする形で頭から川に突っ込んだのだった。


「やっぱり夕奈には無理だよ」

「も、もう少しだったし……」


 唯斗は全身びしょ濡れになりながら頬を膨らませる彼女を見て呆れたようにため息をつく。

 しかし、そんな彼は荷物の中からバスタオルを取って歩み寄ると、立ち上がらせた彼女の肩にそっとかけてあげた。


「確かに惜しかったと思うよ。それに僕にはあんなに頑張れないし」

「唯斗君……」

「消毒して絆創膏貼ってあげるからおいで」

「はーい♪」


 しゅんとした顔から一転、ご機嫌に返事をした夕奈は「足痛いかもしれないなー?」なんてわざとらしく言って、唯斗の横にべったりとくっついていく。


「あ、そうそう。もうひとつ言わなきゃ」

「ん?」


 そんな彼女が服が透けていることを指摘されて赤面するまで――――――――――残り3秒。

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