第108話 お兄ちゃんの最優先はいつだって妹
「お兄ちゃん、ありがとう!」
そう言ってクルクルと回りながら、嬉しそうにスカートをヒラヒラとさせる
この顔を見られただけで、
「んふふ♪ 何を隠してるのかと思えば……」
「買わされたんだよ、僕は別のが良かったのに」
ニヤニヤしながら肘でつついてくる夕奈を横目に
それを見て唯斗はずっと感じていた違和感の正体に気が付いたのである。
「瑞希、やっぱり嘘だよね」
「何がだ?」
「僕に手伝いを頼んだのは、名前が一番上だったからって話」
考えてみれば、瑞希は天音の連絡先を知っている。そして初期登録名は『あまね』、つまり『
人の妹の登録名を変更する理由も無いだろうし、現に目の前で言い淀んでいる様を見る限り、彼女の言い訳は真っ赤な嘘なのだろう。
「瑞希が意地悪で人を困らせるタイプじゃないのは知ってる。何か理由があったなら教えて欲しい」
唯斗の言葉にちらりと花音の方を見た瑞希は、2人で何やら頷き合ってから本当のことを話し始めてくれた。
「実は、最近夕奈から天音ちゃんとの仲について相談されたんだ」
「相談?」
「自分は年下に舐められるタイプなのかって」
それを聞いた唯斗は、何も考えていなそうな顔でキョトンとしている夕奈を見ながら、『自覚はあったんだね』と心の中で呟く。
「何とかしてやろうってカノと話し合った結果、女の子同士同じものを着れば距離が縮まるだろうって話になって」
「それでスカートを勧めてきたの?」
「ああ。でも、店の手伝いが必要だったのは嘘じゃない。小田原を店に連れてくるまたとないチャンスだったから利用しただけだ」
瑞希が申し訳なさそうに「巻き込んで悪かった」と口にすると、小走りでその隣に立った花音も目を潤ませながら頭を下げた。
「ゆ、夕奈ちゃんの家に行ってあのスカートを履くように促したのは私です。作戦を考えたのも私です。唯斗さんを困らせた原因は全部私なんです!」
「花音……」
「夕奈ちゃんは何も知らなかったんです。勧められるままにスカートを買って、言われるがままスカートを履いてきただけなんです!」
一切頭を上げないまま「怒るなら私を怒って下さい!」と懇願する花音。
彼女は夕奈が「なんか、私めっちゃ流されやすいタイプみたいじゃ……」と呟くのも気にせず、ひたすらスカートの裾をぎゅっと握り閉めていた。
「そっか、そういうことだったんだね」
「っ……ごめんなさい」
唯斗は短くため息をつくと、プルプルと震える花音に頭を上げさせる。
そして瑞希と交互に目を合わせながら、「怒ってないよ」と自然な笑顔を浮かべた。
「むしろ、2人のために動いてくれて嬉しいくらい」
「ほ、本当か?」
「嘘つく理由もないよ。だって、2人のおかげで天音が笑顔になってるんだから」
もちろん夕奈の影響を受けることは避けて欲しい。けれど、天音自身がそれを望むのなら、兄としては見守る以外にするべきことは無いのだ。
家庭内に夕奈が増殖したとしても、今となっては天音なら許せなくもない気もするしね。
「それにすごく似合ってる。やっぱり僕の妹は可愛いってことだね」
「お兄ちゃん、ちょっと気持ち悪い」
「昔は『にぃにと結婚する』とか言ってたのに」
「う、嘘だ! 私そんな記憶ないもん!」
「2年前までは一緒にお風呂だって……」
「師匠たちの前で言うなぁぁぁぁぁ!」
天音は両手で顔を覆うと、「あ、あれはお兄ちゃんを励まそうと思ってただけだから!」と言い残してリビングから飛び出していった。
途端に静かになった部屋の中で、おそるおそるといった感じで「2年前ってことは……」と口にした夕奈を、唯斗は静かにのジェスチャーで黙らせる。
「その話題は出すなって言われてたんだったよ……」
あの時たくさん甘えてくれたのは、僕が振られて傷心中だったからなんだね。
唯斗は心の中で感謝すると同時に、またしばらくは甘えてくれそうにないなとため息をつくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます