第107話 人生は想定の最底辺
昼食を食べ終えた
「ただいま」
「おじゃまします」
玄関で靴を脱いでいると、リビングの方から数人分の声が聞こえてくる。
唯斗はまさかと思いそっと覗いてみると、やっぱり夕奈が来ていた。買ってきた当日にバレることになるとは運がない。
「夕奈は用事があったんじゃ……」
「そんなことないぞ?」
「じゃあ、どうして僕に手伝わせたの?」
「友だち一覧の一番上に名前があったからだな」
唯斗はなるほどと頷く。RINE相手の登録名は変えることができるし、瑞希が『小田原』と登録しているなら一番上でもおかしくはなかった。
「あ、おかえり!」
彼が納得したところで、こちらに気が付いた天音がリビングの扉を開けて出迎えてくれる。
彼女は「瑞希お姉ちゃんもいらっしゃい!」と招き入れると、2人をソファーまで連れていった。
「お邪魔してまーす♪」
「唯斗さん、お邪魔してます!」
先に座っていた夕奈と
「ねえ、夕奈ちゃんには?」
「……」
「無視は辛いよ!」
「お出口はあちらです」
「もっと酷いの来た?!」
いくら看病したされたの件でマシになっていても、今日ばかりは帰ってもらいたかった。
しかし、唯斗は天音から「冗談はいいから」と止められ、仕方なく玄関の方を示していた手を下ろす。
「今ね、人生ゲームをしてたんだ! もう少しで終わるから待っててね」
見てみれば確かに机の上にボードが広げられていた。3人のコマはゴールに近く、誰が一番に上がってもおかしくない状況である。
「じゃあ私の番ね!」
天音はそう言ってサイコロを振り、出た目の数だけ前に進む。ゴールまであと2マスのところで止まると、山札から『人生イベント』と書かれたカードを引いた。
「『会社が上手くいかず2000万失う』だって」
「ゴール手前で大損失ですね」
「夕奈師匠に抜かれちゃったかな」
彼女は残念そうな表情で、手持ちの紙幣カードの一部をテーブルの真ん中に置く。
その様子を見ていた唯斗は、我が妹の危機とばかりに優しく頭を撫でてあげた。
「お金に困ったらお兄ちゃんに相談するんだよ」
「いや、ゲームの中の話だからね?」
「僕は天音のためなら左目でも売って――――――」
「き、聞きたくないよ!」
それくらいの覚悟があるという意味だったのだが、小学生には少し刺激の強い言葉だったかもしれない。
唯斗は瑞希から「邪魔してやるなよ」と言われると、もう一度優しく撫でてあげてから干渉するのをやめた。
「次は私の番です!」
続いて花音もサイコロを振り、天音のひとつ後ろのマスに止まる。
このマスではもう片方の山札から引くようで、彼女は『ラッキー』と書かれたカードを引いた。
「『最もゴールに近いプレイヤーから500万奪う』です!」
「ということは、天音ちゃんからだね」
「うぅ、またマイナスだよ……」
しゅんと落ち込む天音から、「申し訳ないです……」と500万円分の紙幣カードを受け取る花音。
彼女が小学生からお金を取るということに罪悪感を感じているからか、表情だけ見るとどっちが損してるのか分からない。
「ついに夕奈ちゃんの出番だね!」
夕奈はそう言いながらサイコロを転がすと、勢い余ってソファーの下へ入ってしまったものを拾い上げ、今度は丁寧に振り直して結果を確認した。
「『そう言えば忘れてた!他プレイヤーに借金2000万円ずつ返す』って……へ?」
ここに来て4000万円の大損失。元々持ち金が少なかった夕奈は手持ちを全て渡しても足りず、銀行から借金をすることになってしまった。
借金を返すために借金をする、夕奈らしいと言えば夕奈らしい気もするね。特に頭が悪いところが。
「フッ」
「唯斗君、今笑ったよね?」
「いいや、笑ってないけど」
「絶対笑った!」
「ちょっと可哀想だなって思っただけだよ」
「同情するなら金をくれ!」
「怪しい人にお金を渡すのはちょっとね」
「天音ちゃんとの差がすごくない?!」
夕奈は図々しくも「私にも給料3カ月分くらいを……」と机を跨いでこちらに移動してくる。
「結婚指輪じゃないんだから」
「むしろ歓迎なんですけど!」
「死んでもイヤだ」
そう言いながら肩に掴みかかってくる彼女を押し返そうとした時、立ち上がったことで見えるようになったスカートにふと視線を吸われた。
「あれ、そのスカート……」
「ん? この可愛さ、唯斗君にも分かる?」
やたらドヤ顔でヒラヒラと見せびらかしてくる夕奈に、唯斗は瑞希と目を合わせて頷き合う。
夕奈が履いているスカートは、まさに今彼の背後に置いてある袋の中身と同じだったのだ。
「これは奇跡だな」
「悪魔の悪戯だよ……」
プレゼントするハードルが、さらに高くなった瞬間である。
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