第105話 どの家庭でも母親は強い
あれから
「ここが瑞希のお店?」
「ああ、なかなかいいだろ?」
「思ってたより広いね」
立地としても広場沿いといい感じで、駅からも遠くないためお客さんは多そうな感じがする。
瑞希は「ダンボールは店の裏にあるんだ」と唯斗を店の奥へ案内すると、ちょうど現れた女性と鉢合わせした。
「あら、みーちゃん。おかえりなさい」
みーちゃんというのは瑞希のこと。雰囲気や顔のパーツが似ているところを見るに、女性は彼女のお母さんだろう。
「あら、もしかして彼氏?」
「違うから。友達に荷物運びを手伝ってもらうだけ」
「そうなの? 夏休みなのにごめんなさいね」
唯斗が「いえ、暇だったので」と言うと、お母さんは嬉しそうに笑いながら「なかなか良い友達がいるのね」と彼の背中を軽く叩いた。
「意外と普通のお母さんだね」
「どんな人を想像してたんだ?」
「もっとお調子者かと」
瑞希ママには夕奈を騙して恥をかかせた実績がある。そこから、やはり人をからかって楽しむタイプだと思っていたのだが、今のところそんな雰囲気は感じられなかった。
「母さん、夕奈以外には普通だからな」
「どうして夕奈だけ?」
「してやられた時の反応が面白いからだろ」
言われてみれば、確かに混浴の一件も反応自体は笑えた。落ち込んで少し大変ではあったけれど。
いつも迷惑をかけられているし、瑞希ママから仕返しのテクニックを学ぶのもありかもしれないね。
「母さんは店を頼む。2人で荷物は片付けるから」
「2人きりの倉庫、何も起こらないはずはなく……」
「母さん?!」
「ふふ、冗談よ♪」
珍しく焦っている瑞希に、お母さんは楽しそうに笑いながら新しいお客さんへ話しかけに行った。
唯斗は心の中で『普通じゃなかった』と前言撤回しつつ、関係者専用の扉に向かって歩き出す。
「お、
「分かってるよ。個性的なお母さんだね」
「そ、そうかもな」
ほんのりと頬を赤くした瑞希は、少し俯き気味に横を通り抜けると、そのまま扉を開けて倉庫へと入った。
唯斗もすぐにその後を追い、大量の在庫の棚の間を抜けて店の裏側へと出る。
「このトラックに乗ってる箱を、倉庫の右側の棚に運んでもらいたい」
「了解」
見たところ、運ばなければならないのは両手で抱えられる程の大きさの箱が20個ほど。思っていたよりも少ないね。
瑞希はひょいとトラックの荷台に乗ると、抱えてきた箱を唯斗に差し出した。
「頼む」
「うん」
瑞希が箱を出して、それを受け取って倉庫まで運ぶ。普通に考えれば確かに効率がいい方法だし、時短にもなるだろう。
しかし、彼女は見誤っていた。唯斗の力量を。
「……重い」
箱を受け取った唯斗は5秒ほど抱えていたものの、一歩も動けないまま後ろ側に倒れ、箱の下敷きになってしまったのだ。
「だ、大丈夫か?」
すぐに瑞希が助けてくれたものの、この重さ(1箱約10kg)を倉庫まで運び、おまけに棚に積むという作業は厳しいだろう。
彼女は残念そうに短くため息をつくと、仕方ないと言わんばかりに唯斗の後頭部をポンポンと撫でた。
「2人で1箱を運ぶか。時間はかかるが、それなら疲れも半分だろ」
「ごめん、役に立てなくて」
「謝ることじゃない。頼んだのは私だからな」
瑞希は彼の手を引いて立ち上がらせると、先程運んできた箱を2人で持ち上げて倉庫まで運び始める。
唯斗からすれば、お互いに歩くスピードを合わせないといけないせいで、むしろ時間をかけさせているような気もしないでもない。
それでも瑞希が「いいぞ、捗るな」と言ってくれるからと、彼は自分の出来る限り負担を請け負い、何とか最後の1箱を抱える所まで終わらせた。
「これが終わったら昼飯を食べに行くか」
「いいね、お腹空いてきたところだし」
そんな会話をしながら倉庫に入り、自分たちの頭より高い位置に乗せようと、「せーの!」という声掛けで持ち上げた―――――――――その時だった。
「おわっ?!」
「あっ……」
さすがに疲れてきていたのか、瑞希がバランスを崩したことでダンボールが2人の手から離れてしまう。
勢いがついた箱は一度ふわりと浮くと、その落下地点で転んでしまっている瑞希目掛けて落ちていく。
「危なっ……!」
唯斗が反射的に手を伸ばした腕は箱を掴み、何とかキャッチすることには成功した。
しかし、そもそもこれは彼が一人で抱えることも出来なかったもの。落ちてくる勢いに耐えきれるはずもなく、唯斗もまた倒れ込んでしまった。
「いてて……瑞希、大丈夫?」
「あ、ああ。おかげで箱は避けれたぞ」
覆い被さる形になってしまったものの、瑞希に怪我も無さそうだ。しかし、それにしては何だか様子がおかしい。
普段のクールさは消え、目の焦点が合っていない。もしかすると、転んだ時に頭を打ったのかもしれないね。
「瑞希、少し触るね」
「っ……」
そう断ってから後頭部を触ってみるも、たんこぶが出来ていたりはしないっぽかった。
顔が赤いのも気になるし、やっぱり彼女の負担が大きすぎたのだろうか。
「みーちゃん、今の音は……」
そんな風に瑞希を心配していると、箱が落ちた音を聞き付けた瑞希ママが倉庫へと駆け込んで来る。
慌てた様子の瑞希ママだったが、唯斗が瑞希を押し倒しているような体勢になっているのを見ると、少し考えてから満足そうに頷いた。
「今晩はお赤飯ね♪」
「か、母さん?!」
その後、誤解を解くために瑞希が必死に状況を説明したことは言うまでもない。
「みーちゃんにも春が来たのね……」
「本当に分かってくれてるのか?」
「唯斗くんは見かけによらず肉食系!」
「まだ分かってないよな?!」
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