第104話 来客からのSOS

 今日こそ家でゆっくり休もう。そう心に決めた唯斗ゆいとは10時まで布団の中で過ごした後、大きく伸びをしながら体を起こした。


「今日はいい日になりそうだね」


 カーテンを開けた窓から差し込む日差しは眩しく、リビングの窓辺でゴロゴロするのも気持ちよさそうな天気。

 こんな日にはやはりまどろむに限るね、と心の中で呟いていた唯斗は、寝ぼけ眼を擦りながらリビングに入ったところで足を止めた。


「よう、小田原おだわら

「み、瑞希みずき……」


 どうして彼女がここにいるのかは分からない。けれど、理由もなく来るとは思えなかった。

 唯斗は何が悪い予感を察知すると、そのままスススと後ずさりして逃げ出そうとする。


「おい、なんで逃げるんだよ」

「……は、速い」


 気がついた時には襟首を捕まえられており、彼は引きずられるようにしてリビングへ連行されると、バタリとソファーに倒れ込んだ。


「瑞希、何の用?」

「露骨に嫌そうな顔するなよ。私だって意地悪できてるわけじゃないんだ」

「……もしかして困り事?」


 その質問に「おう、勘がいいな」と頷いたのを見て、唯斗はやる気の欠片もなかった体をしっかりと座らせる。

 困っていると言われれば、瑞希の頼みなら聞かないことも無い。彼女にはホテルの件や夕奈の看病の件で恩があるからね。


「実は私の母親が店をやってるんだ」

「野口3枚までなら貸せるけど……」

「別にお金に困ってるわけじゃねぇよ」


 瑞希は差し出された1000円札3枚を押し戻すと、「服屋をやってるんだ」とカバンの中から折りたたまれたチラシを出して見せた。


「ブランド物は置いてないが、なるべく学生でも買えるようにって値段安くしててな」

「やっぱり野口を……」

「だからお金の問題じゃないんだって」


 またも押し戻される1000円札に、唯斗は納得がいっていなそうな顔で首を傾げる。

 どう考えても今のは、『安くしすぎて赤字になった』的な感じで、金欠に繋がる流れだったと思うんだけど。


「数週間前に、別の服屋が発注ミスをした商品を半額で買い取る契約をしたんだ」

「へぇ、お得だ」

「まあ、トレンドは過ぎた服だから完売は無理だろうな。でも、店を開く時にお世話になったところだから、母さんも助けてあげたかったらしい」

「優しい人だね、宿泊チケットもくれたし」


 瑞希の「お人好しなんだ」と言う言葉に頷きかけた唯斗は、ふとあることを思い出す。

 そう言えば、夕奈は瑞希のお母さんに混浴があるって騙されたんだよね。……お人好しなのかな?


「小田原への頼みっていうのがここからなんだ」

「一応聞いとくよ」

「実は買い取った服の到着日と普段の仕入れ品の到着日が重なっちまって。バイトは風邪で休んでるから、人手が足りなくてな」

「手伝って欲しいってこと?」

「ああ、店は母さん一人でも大丈夫だから、倉庫の方にダンボールを移動させたいんだ」


 唯斗は「なるほど」と呟くと、腕を組んでうーんと唸る。確かに助けてあげたい気持ちは山々だが、やはり今日一日はまどろむと決めたばかりだ。

 おまけに瑞希でも苦労する重さのものを、自分が手伝ってどうこうなるとは思えない。かえって迷惑になるんじゃないだろうか。


「もちろん給料も出るぞ」

「行かせていただきます」

「おう、いい返事が聞けてよかったぜ」


 報酬があるなら話は別だ。そろそろお兄ちゃんらしく、天音にプレゼントでも買ってあげたいと思ってたところだし。

 唯斗は喜ぶ妹の顔を想像しながら満足気に口元を緩めると、「じゃあ、準備してきてくれるか?」と言う瑞希に大きく頷いてリビングから出た。


「……あれ、そう言えばどうして僕なんだろ」


 背中側で扉が閉まってからそんなことが脳裏を過った。力や体力的に効率がいいのは夕奈ゆうな風花ふうかだと思うけど、何か用事でもあったのかな。


「まあ、気にすることでもないか」


 あえてそう口にして、余計な考えは消してしまう。何にせよ報酬はあるわけだからね。

 どうせ服屋に行くわけだし、ついでに天音に似合いそうな服でも探してこようかな。センスが合えばいいんだけど。

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