第103話 妹は兄想い

「……ん、なんじゃ?」


 おかゆを食べてすぐ寝てしまった夕奈ゆうなが目を覚ました時には、外はもうオレンジ色に染まっていた。


「夕奈ちゃん、起きた?」


 一度部屋の中を確認してから、嬉しそうにこちらへ近付いてくる陽葵ひまり

 その手に桶を持っているのを見て、夕奈は不思議そうに首を傾げる。


「あれ、唯斗ゆいと君は?」

「彼には帰ってもらったわ」

「なんで?!」

「すごく疲れた顔をしてたもの」


 陽葵が「ずっとそばにいてくれたみたいよ?」と言うと、夕奈は居てくれなかったことに不満を感じた自分が恥ずかしく思えた。


「そっと覗いた時には、誰にも聞かれてないと思ったのか『夕奈、好きだよ』なんて……」

「え、ほんと?!」

「嘘に決まってるでしょ」

「このバカ姉ぇぇぇぇ!」

「ぎ、ギブギブ! こめかみに穴空いちゃう!」


 嘘つきな姉は頭をグリグリとやって成敗。ついでに自分の体調が万全まで回復したのを実感し、おでこに貼ってあった冷えピタを剥がした。


「お姉ちゃん、今晩はステーキにしよう!」

「食べれるの?」

「夕奈ちゃんの食欲舐めんなし」

「そう言われると舐めたくなっちゃうよね〜♪」

「え、ちょ、なんで近付いてくるの?」

「フフフフフ……」

「そこは耳だから……だ、ダメぇぇぇぇぇぇ!」


 その後、夕奈は陽葵のおふざけのせいで、別の意味で体温が上がってしまったらしい。

 兎にも角にも、佐々木ささき姉妹は今日も仲良しだ。

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 一方その頃、小田原家では。


「お兄ちゃん、こんな感じ?」

「ああ……天音あまね、もう少し強く押して」


 兄の疲れた体を癒そうと、天音が自ら進み出てマッサージをしてあげていた。


「これはかなり凝ってるよ」

「ずっと夕奈の手を握ってたからかな」

「お兄ちゃん優しいね」

「違うよ、離したら寝言でハルちゃんの悪口を言うんだ。聞いてられないからさ」


 天音の「ハルちゃんって元カノの?」と言う言葉に唯斗が頷くと、彼女は腰を押していた手を離して短くため息をつく。


「お兄ちゃん、師匠に話したの?」

「熱で参ってたから、つい言っちゃったんだよ」

「……あんまりよくないと思うけどなぁ」


 天音はマッサージを再開しつつ、兄の初恋が終わりを迎えたあの日のことを思い返していた。

 妹である自分からすれば、あれは友達と笑いあっていた兄の性格が180度変わってしまった日。

 そして、ハルちゃんという人物へ向けている感情は、あれからずっと変わっていない。


「ハルちゃんさんのことはもう忘れた方がいいよ」

「どうして?」


 そう返された天音は、素直に『お兄ちゃんが変わっちゃった原因だから』とは言えなかった。

 そんなことを言うと、まるで今の兄を否定してしまっているように聞こえるから。


「ほら、新しい恋を見つけられないから……」

「恋愛はあの時に懲りたから大丈夫」

「師匠のことは?」

「何とも思ってないよ」

「少しは好きになったよね?」

「まあ、騒音機から生き物には昇格したかな」


 兄が師匠に向けるあまりにも悲惨な評価に、天音は思わず頭を抱えてしまった。

 この前は道のりは長いなんて思ったけれど、もしかするとまだ道にすら立っていないのでは……と思えてきてしまう。


「と、とりあえず、ハルちゃんさんのことはもう話題に出さないで」

「嫌いなの?」

「自分のお兄ちゃんを傷つけた人を、妹が好きになれると思う?」

「……天音は本当にいい妹だね」


 少し感動した唯斗が、仰向けになって「おいで、お兄ちゃんがハグしてあげよう」と両手を広げると、「それはお断りします」と思いっきりお腹を押されてしまう。


「うぅ、それは苦しいよ……」

「お兄ちゃんが師匠の気持ちに気付けたら、その時はいくらでもハグしてあげる」

「夕奈の気持ち?」

「はぁ……この調子だと数年後になりそうだね」


 唯斗は「絶対お似合いなのになぁ」と言いながら部屋を出ていく天音の背中を見つめつつ、ただ首を傾げることしか出来なかった。

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