第102話 断る勇気、断れない優しさ
正直、かなり悩んだものの、唯斗には今の彼女を突き放すことがどうしても出来なかった。
そういうわけで、
「……ちょっと待ってね」
着慣れているはずのパジャマのボタンを開けることにすら手間取る彼女。頭がボーっとしてしまって、指先に上手く力を入れられないのだろう。
今は細かいことが出来る体調ではないせいか、ついには辛そうに頭を押えてしまった。
「大丈夫?」
「……ごめん、すぐに外すから」
「無理しなくていいよ」
下手に作り笑顔なんて見せられれば、むしろ見ているだけな唯斗の方が辛くなってしまう。
彼は「見ないようにするから」とそっぽを向きながら胸元に手を伸ばすと、ササッとボタンを開けた。
「前だけは自分で拭いてくれる?」
「してくれないの?」
「さすがに無理だよ」
「……意識しちゃう?」
「するよ、一応ね」
夕奈は「そっか」とだけ呟くと、タオルで胸や腹を拭いていく。「お尻もだめ?」と聞いてくるので、唯斗は背中を向けたまま「もちろん」と答えておいた。
「終わったよ」
「じゃあ、こっちのタオルで前隠して」
「……私、別に見られてもいいけど?」
「僕が良くないんだよ」
夕奈の場合、これで責任がどうこう言ってきかねない。病人に対してそんな疑いを持つのは良くないと分かっていても、これは彼女を守るためでもあるのだから、どうか言うことを聞いて欲しい。
唯斗が素直にそう言うと、夕奈も「わかった」とタオルを受け取って言った通りにしてくれた。
「じゃあ、始めるよ」
「……うん」
もう一度水を含ませたものを軽く絞り、首から背中にかけてを丁寧に拭いていく。
確かにこんなにも汗をかいたまま寝させていたら、症状はさらに悪化していただろう。自分から頼んでくれてよかった。
「脚も拭いとくね」
「お願い」
下着の中は自分でやってもらったため、ズボンを脱がしながら予備に持ってきていたタオルでしっかり隠し、太ももやふくらはぎの上へタオルを滑らせる。
「……これ、気持ちいい」
「体温が上がってるからね。冷たすぎたりしない?」
「うん、ちょうどいいよ」
足裏や脇を拭くと、夕奈はくすぐったそうに肩を
唯斗はホッと安堵のため息をつきながら、役目を終えたタオルを桶の中に入れて横へ退けた。
「換えのパジャマはどこに入ってるの?」
「えっと……クローゼットの二段目かな」
「あった。これでいい?」
夕奈が頷いたのを確認して、丁寧に畳まれているそれを広げると、ボタンを外して腕を通させてあげる。
それからしっかり前を閉じてズボンを履かせてから、「ありがとね」と微笑む彼女をベッドに寝かせた。
「それじゃあ、今度こそおかゆ作ってくるね」
「……うん」
少し寂しそうな表情を見せる夕奈の乱れた前髪を治してあげてから、唯斗は桶を持ってドアに向かって歩き出す。
その途中で「迷惑かけてごめんね」と独り言のように呟いたのを聞いた彼は、扉に伸ばしていた手を引っ込めてベッドの横へと戻った。
「夕奈はいつも迷惑かけてくるもんね」
「……ごめんなさい」
「まあ、今日はまだかけられてないけど」
「うぅ、唯斗君……」
唯斗は「僕のことを思うなら、ゆっくり休んで早く元気になって」と言い残すと、布団をポンポンと叩いてから部屋を出ていく。
「ふふ、デレ期かな」
静かになった部屋の中、胸の辺りの温度が高くなるのを感じた夕奈は、ギュッと布団を握りながら幸せそうに呟くのだった。
「……大好きだなぁ」
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