第97話 守る優しさと助ける優しさ

「……37度8分」


 唯斗ゆいとは脇の間から取り出した体温計を見て、深いため息をついた。

 起きてから頭がクラクラするとは思っていたが、まさか熱が出ているとは思わなかったのだ。

 きっと、疲弊した体にトドメを刺したのは昨日のアイスだろう。さすがは大魔王ハハーン、どこまでも恐ろしい存在だ。


「でも、夕奈ゆうなとの約束が……」


 今日は夏祭りの日、こんなところで寝ている場合ではないというのに――――――――――。

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 午後4時半頃、夕奈たちは集合場所に集まって首を捻っていた。いくら待っても唯斗が来ないからだ。


小田原おだわら、ドタキャンか?」

「面倒になったのかも〜?」

「かもな」


 サボり説を口にする3人に、夕奈は「そんなわけないよ、唯斗君だから……」と不安そうに呟く。

 その直後、ポケットの中のスマホが短く震えた。確認してみれば、天音あまねちゃんからのメッセージではないか。


『師匠、お兄ちゃん行けなくなった』

『なぜに?』

『熱があるの。みんなだけで楽しんで』


 夕奈は『高熱なの?』と送るが、それ以上返信が届くことはなかった。


「小田原、どうかしたのか?」

「……熱があるから来れないって」

「それなら仕方ないか」


 「わ、私のせいですぅ……」と落ち込む花音かのんを宥めつつ、「あいつの分まで楽しむか」「お土産買ってあげる〜?」「いいな」と祭りの行われる神社へ向けて歩き始める一行。

 しかし、数歩歩いたところで足を止めた夕奈は、みんなに「……ごめん」と言い残して歩いてきた道を引き返して行ってしまった。


「……予想より判断が早かったな」

「お祭りよりも恋だよね〜♪」

「それな」


 いつも通りケラケラと笑う3人に花音が「皆さんは心配じゃないんですか?」と聞くと、それぞれ顔を見合せた後に瑞希みずきが彼女の肩に手を置いた。


「私たちにはやるべきことが他にあるだろ?」

「やるべきこと、ですか?」

「ああ、祭りと言えばあれだろ」

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 夕奈は小田原家に到着すると、何度もインターホンを鳴らす。それでも出てこないからと玄関の扉を引いてみると、不用心にも鍵がかかっていなかった。


「天音ちゃん、いるの?」


 声をかけながら家に上がると、2階から微かに足音が聞こえてくる。夕奈が急いで階段をかけ上ると、天音が唯斗の部屋の扉を必死に押えていた。


「し、師匠……」

「どうしたの?!」

「お兄ちゃん、行くって言って聞かないの。約束は破れないからって」


 その言葉を聞いて胸がチクリとした彼女は、優しく天音の頭を撫でながら「私が説得してあげる」と場所を交代する。


「……お願いします。お兄ちゃん、無理したら倒れちゃうから」

「任せといて。なんてったって私は師匠だからね」


 夕奈はグッと親指を立てて見せると、思い切ってドアノブから手を離した。引っ張られていた扉は勢いよく開き、その向こうから唯斗が現れる。

 彼は目の前の夕奈と目が合うと、「なんでここに居るの?」と首を傾げた。


「私が来たからにはもうここがフェスよ!」

「……は?」

「ごめんなさい、心配で来ました」


 夕奈自身、あまり顔色が良くない人の前で騒ぐのも良くないと思ったのだろう。謝りながら唯斗を部屋の中へと押し戻すと、そのまま彼をベッドに横にならせた。


「心配で来たって、天音から聞いたの?」

「うん。天音ちゃんに頼まれたわけじゃないけどね」

「お祭りは?」

「まあ、唯斗君の方を選んだって言うか……」


 照れたように指先を突き合わせた彼女は、唯斗の方を見ると「夕奈ちゃんの面倒を見るって約束、果たさせに来てあげたのだよ♪」と静かに笑う。


「それだと僕が面倒かけちゃうけど」

「それはそれでまた貸しがひとつできるだけよ」

「……帰ってくれる?」

「わかったわかった、今回は貸しゼロ! 私が看病したいから来ただけだから」


 「それならいいよね?」と聞いてくる夕奈に、唯斗が小さく頷いて見せると、彼女はウザさの欠片も感じられないほど自然に「ありがとね」と微笑んだ。


「……こっちこそ、来てくれてありがとう」

「いいってことよ♪」


 この時ばかりは悪魔の口から生まれた夕奈も、唯斗の目には下級の天使くらいになら見えていたかもしれない。

 彼は騙されていてもいいからと、その優しさに甘えることにしたのだった。

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