第86話 体を張ってこそわかることがある

 陽葵ひまりの恋愛指導から数十分後のこと。

 『天音あまねちゃんへのプレゼントを取りに来て欲しい』と呼び出された唯斗ゆいとは、夕奈の部屋で待機させられていた。


「お姉ちゃん、本当にこれでいいの?」

「世の男子はそういうのに弱いって決まってるんだから」

「ほんとかなぁ……」


 少し不安げな夕奈に、彼女は姉らしくは「色んな自分を見せて、好きなタイプを探るんでしょ?」と背中を押してあげる。

 陽葵が提案した作戦とはまさに今の言葉通りで、唯斗がどんな女子を好むのかを、実際に自分でなりきってみることで確信を得るというものなのだ。


「わ、わかった……行けばいいんでしょ、行けば!」


 じっとしていると湧き上がってくる羞恥心を振り払い、唯斗の待つ部屋の中へと飛び込んでいく今の彼女は―――――――――――。


「……おはようございます、ご主人、さま……?」


 姉に借りた黒髪ロングのカツラを被り、動きやすさを追求した本格的なメイド服に身を包んでいた。


「えっと、どちら様?」

「夕奈だよ! ……じゃなくて、夕奈ですわ」


 スカートをつまんで軽く膝を曲げて見せる彼女。しかし、唯斗はその顔をじっと見つめると、わけが分からないと言うふうに首を捻った。


「夕奈はもっとバカっぽい顔だよ」

「それはどういう意味や……ですの?」

「本当に夕奈?」

「本当ですの」

「……なんか気持ち悪い」

「おい」


 彼の言葉に夕奈がついつい肩をペチンと叩くと、唯斗は「あ、夕奈だ」と確信したように頷く。


「そんなところで気付かれると、私がいつも叩いてるみたいですわ!」

「うん、間違ってないね」

「ご主人様、肩を揉んであげますわ♪」

「……痛い、わざとやってるでしょ」

「そんなことありませんわよ、おほほほ」


 どこか間違ったメイドを演じた夕奈は、右耳のワイヤレスイヤホンから聞こえた『撤退』の声で唯斗から離れた。


「ご主人様、ごゆっくりー♪」

「夕奈さえ居なければゆっくり出来るよ」


 そんな文句を背中に、扉を開けて部屋の外に出る彼女。廊下で待機していた陽葵に連れられ、隣の部屋でメイド服を脱ぐ。


「夕奈ちゃん、手応えは?」

「いつもより口数が多かった気がする! やっぱり、男の子はメイドが好きなんだよ!」

「やっぱりね。私のコスプレコレクションで落ちないはずがないわ」


 夕奈は満足げに頷く陽葵に手渡された新たな服を身に纏い、ストレートのカツラをツインテールに結ってから再度自室へと向かった。


「入るわよ」

「どうぞ」


 声をかけてから部屋に入ると、夕奈はベッドに腰かける唯斗の前に立って仁王立ちで見下ろす。


「可愛い制服だね」

「かわっ……こほん。別に唯斗君のために着てるんじゃないんだからね!」

「なるほど、今度はツンデレかな」


 先程のメイドキャラの流れで状況を把握したのか、唯斗は有名なガールズバンド系アニメに出てくる制服に身を包んだ夕奈を眺めた。


「さっきもそうだったけど、それってカツラ?」

「別に唯斗君のために被ってるんじゃないんだから!」

「ツンデレのイメージ、ワンパターン過ぎない?」

「えっと……唯斗君のえっちー!」

「それはお風呂好きな女子小学生でしょ」


 唯斗が「あれはツンデレじゃないと思うけど」と言うと、「あの子はの〇太が来るとわかって、あえてお風呂に入ってるんだよ」と真顔で言われた。

 小学生でそんなこと考えてたら、ツンデレ通り越してぱおんだよ。あれ、使い方間違ってるかな?


「……ふんっ! またそこで大人しく待ってなさい!」

「今、右耳に手当てたよね。また着替えてくるの?」

「唯斗君には関係ないでしょう?」

「こんな遊びに巻き込んどいてよく言うね」

「と、とにかく待ってなさい!」


 夕奈はそう言ってぷいっと顔を背けると、部屋から出る直前で「ほんとの夕奈ちゃんはツンツンしないかんね?」と心配そうに振り返ってから扉の向こうへと消えた。

 また一人で部屋に残された唯斗は、夕奈が戻ってくるまで休もうと、小さくあくびをしてからベッドの上に仰向けに寝転がる。


「夕奈、ノリノリだったなぁ……」

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