第83話 部屋主の不用心

「あれ、天音あまね着替えたの?」

「う、うん。今日はあの服の気分じゃなかったかな」

「女の子って複雑なんだね」


 上手く唯斗ゆいとを騙し切れたと安堵した天音は、チラチラとこちらを見てくる夕奈ゆうなをじっと見つめる。


「師匠、分かってるよね?」

「な、なんのことかなー」

「手加減しないってこと」


 ゲームを再開して5秒後、緑色の恐竜が天音の操作するキャラに掴まれ、そのまま奈落へと叩き落とされた。


「ちょっとずるくない?!」

「先にズルをしようとしたのは誰だっけ?」

「ぐぬぬ……」


 小学生相手に言い負かされている夕奈を心の中で笑いつつ、唯斗はソファーから立ち上がって扉へと向かう。


「あれ、唯斗君どこ行くの?」

「夕奈には教えない」

「お兄ちゃん、どこ行くの?」

「部屋で寝ようと思って」

「だってさ、師匠」

「へぇ……ってこの仲介作業いる?」


 手を挙げながら「客人の待遇が悪いと思います!」と抗議する彼女を無視して、唯斗はそのまま2階にある自室へと移動した。

 スキマ女の小説をちょうど読み終えたことで、達成感と心地よい疲れとが合わさって、睡眠に最適な体が出来上がっている。

 そんなウトウト気分の彼の頭の中では、某有名塾講師が何度も『いつ寝るの? 今っしょ!』と叫んでいた。


(天音に夜ご飯には起こしてって言おうかな……いや、まあいいか……)


 一度寝転んだベッドから降りるのもダルく思えるほどの睡魔が、徐々に現実と夢の世界との距離を無くしていく。

 砂浜で寝るのも良かったけど、やっぱり我が家のベッドが一番寝心地がいいね。

 唯斗が心の中でそう確信するのとほぼ同時に、彼の意識は電気を消したようにパチッと消えた。

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「唯斗くーん?」


 夕奈が耳元でそう囁くも、唯斗が目を覚ます気配はない。この様子ならしばらくは寝息を立て続けるだろう。


(ふふん♪ まさに唯斗君の趣味を探るチャンス!)


 彼女はそう心の中でガッツポーズをすると、足音を立てないようにそーっと忍び足でクローゼットに近付いた。

 そう、彼女は部屋の中を探索することで、唯斗がどんな女の子を好きなのかを知ろうとしているのである。


(隠すなら奥の方かな?)


 上着をかき分けて覗いてみるも、特に怪しいものが入っていたりはしない。

 念の為下の段も確認するが、そこにあったのはTシャツやズボン、下着くらいなもので……。


「って下着?!」


 思わず飛び出た声を慌てて引っ込める。おそるおそる確認してみると、唯斗はまだぐっすり眠っていた。よほど眠りが深いらしい。

 安堵のため息をついた夕奈は、もう一度目の前の布に視線を落とした。

 傍から見れば何の変哲もないパンツではあるが、夕奈にとってはプレミア付きと言っても過言では無い代物である。


(うへへぇ……って、こんなことしてる場合じゃない。ここに無いなら他の場所を探さないとだよ!)


 ブンブンと首を横に振って邪念をかき消す。心が落ち着いたのを確認してから、丁寧に畳んだおパンツ様を元の位置に戻し――――――――――。


「…………まあ、バレたら謝ろっと」


 下の方のをこっそりとポケットへ入れた。

 別に欲しかったとか、そういうのじゃないかんね?もう古そうだから夕奈ちゃんが代わりに捨ててあげるだけ。捨てる前に数年間自宅に保管するだけ。

 そう自分に言い聞かせるように頷いて、彼女はそっとクローゼットを閉じた。


(次は……ベットの下かな?)


 唯斗の最も近い場所ではあるが、夕奈は雑誌で『男の子はベットの下に色々と隠す』と読んだことがある。

 いくら自分に興味を示さないとはいえ、女の子のタイプはいくらでもいるのだ。何か一つくらいは、彼の好みに関するものがあってもいいはず。


(ふふふ、やっぱりあった!)


 腕を伸ばしてゴソゴソとやると、指先に何かが触れた。夕奈はそれを掴むと、一体何なのか確認してみる。


「……ってあれ?」


 何だこの美少女は……と一瞬思ったが、よく見てみれば自分の写真だ。それもいつぞやに送った風呂上がりのやつではないか。

 どうして現像されたものがベットの下にあるの?ベットの下なんて、男の子にとって見られたくないものを隠す場所のはず―――――――――。


「……あっ」


 無い頭を必死に回転させた結果、夕奈はついに気が付いてしまった。


「ゆ、唯斗君の好きなタイプって……私か?!」

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