第77話 歩く騒音機は災いの元

 部屋に戻って少しした頃。


「天音ちゃん、一緒に入ろっか」

「うん!」


 仲良く部屋風呂で海水を流そうという2人を横目に、唯斗は部屋着などを畳んでカバンの中にしまっていた。

 ちなみに、彼は帰ってきてすぐにお風呂に入ってしまって、既に帰る用の服に着替え終えている。


「唯斗君も一緒に入る?」

「入らないに決まってるじゃん」

「もう、本当は興味あるくせにー♪」


 あんなに落ち込んでいた割に回復が早いなと唯斗が呆れていると、何かを手に取った夕奈はにんまりと笑いながら唯斗に歩み寄った。


「夕奈ちゃん、スク水着ちゃおっかなー」

「へぇ」

「そろそろ胸がきついかもしれないなぁ?」

「……」

「確認してから首傾げるなやおら」


 彼女は軽く唯斗の背中を叩いてから、「どうしても断るなら仕方ない」とスクール水着片手に風呂場へと向かう。


「本当に入らないの?」

「じゃあ、入るよ」

「そうだよね、一応聞いただけ……って今なんて言った?!」

「だから、一緒に入るって言ったんだよ」

「……いや、むりむりむり!」


 唯斗は深いため息をつくと、慌てたようにブンブンと首を横に振る夕奈に歩み寄る。


「自分から誘っておいて?」

「それは冗談というか……」

「僕に冗談は通用しないって、前に言ったよね?」


 「お望み通り、一緒に入ってあげるよ」と言いながら唯斗が服を脱ごうとすると、夕奈は「ま、待って、違うから……うぅ……」と顔を真っ赤にしてモジモジし始めた。

 そして、彼女はグルグルと目を回すと、「も、もう許して!」と言い残してワタワタと風呂場へと逃げてしまう。

 唯斗はその光景を見て服を着直すと、また小さくため息をこぼした。


「これで少しは反省してくれればいいんだけど」


 浴場で倒れた件で、夕奈がこういう攻撃に弱いことは分かった。あんなパリピっていそうな容姿をしていながら、本当のところは純粋なのだ。

 最悪下も脱がないといけないかと思ったが、上だけで逃げ出してくれて助かった。

 いくら夕奈を遠ざけるためと言え、唯斗も人間としての尊厳を捨てるつもりまでは無いのである。


「歩く騒音機も操作方法さえ分かれば何とかなるもんだね」


 唯斗はそんな独り言を呟いて、黙々と片付けを再開したのであった。

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 30分後、瑞希みずきにチェックアウトの手続きを任せ、一行は先にホテルの玄関前で待っておくことにした。

 自動扉から外に出ると、温かい風に乗って潮の香りがやってくる。夕奈は鼻をクンクンとさせると、唯斗の方を見ながら笑った。


「いやぁ、シャバの空気は美味しいね」

「少し前までずっと外にいたけど」

「水着着てないと逆に変な感じするなー」

「なら水着で帰れば?」

「あれぇ? 唯斗君、もしかしてもう一回見たくなっちゃったんでちゅかー?」

「……」

「だから無視だけはやめて?!」


 彼女が「これ以上やったら私も無視するから!」と言うので、唯斗がわざと何も言わないでいると、「って言ったら喜んじゃうからやっぱり構っちゃう」とじゃれついてくる。

 そこへチェックアウトを終えて出てきた瑞希が、「仲良いな、二人とも」と言ってきた。この一言は唯斗にとって、決して認めてはならないものである。


「僕は被害者、夕奈は加害者」

「その言い方は酷くない? 私は仲良くしたいんだよ?」

「確かに小田原おだわらは被害者だな」

「瑞希まで認めないで?!」

「安心しろ、夕奈は悪気のない加害者だから」

「むしろ悪化してるよ! 自己中心的なタイプの犯人だよ! ていうか加害者じゃないんだけど!」


 玄関前で騒ぐのも迷惑だと、不満そうに文句を言う夕奈を引っ張って駅に向かう一行。

 改札前についてもまだうるさいので、唯斗はほかのお客のためにも先に黙らせておくことにした。


「静かにして、4点」

「ふっ、もう耐性がついたわい。JK舐めんなよ!」

「うるさいよ、スクール水着」

「スク水は男子の憧れやろがい! 鼻の下伸ばさない唯斗君がおかしいんだよ?!」

「黙ってよ、ガラス片」

「……ごめんなさい」


 途端に声のトーンが低くなる夕奈。気にしていないように見えて、本当はめちゃくちゃ思い詰めていたタイプなのかもしれない。

 そう察した唯斗は、「それはダメだろ」と言いたげな瑞希たちの表情を見て、ほんの少しだけ申し訳ない気持ちになってしまった。


「ごめん。夕奈も足痛いのに」

「今は足より胸が痛いよ」

「サイズ合ってないんじゃない?」

「……いや、バストの方じゃないかんな?」


 夕奈はぷいっとそっぽを向くと、「そっちはもう何年も変わってないんだよバカ」と言い残して、一人で改札を通っていってしまう。

 瑞希たちがまた「それはダメだろ」と言いたげな目で唯斗のことを見ていた。

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