第75話 海は危険がいっぱい

 マッサージを終えた唯斗は、夕奈を見下ろしながら悩んでいた。ひと仕事終えて寝転びたい気分だと言うのに、彼女が眠ってしまったからだ。


小田原おだわら、困ってるみたいだな」


 そんなところにタイミングよく現れた瑞希みずきは、状況から唯斗の心情を読み取ると、「任せてくれ」と言ってカバンの中から何かを取り出す。


「何するつもり?」

「寝起きにでかいのを決めてやろうと思ってな」


 彼女は花音かのん風花ふうかを呼ぶと、先程カバンから取り出したのと同じものを手渡す。

 3人はそれを水着の背中部分に挟み、瑞希の指示通り夕奈を起こさないように浮き輪の上へと移動させた。


「危険な香りがするけど……」

「大丈夫だ、少し驚かせるだけだからな」

「それはちょっと面白そうかも」

「だろ?」


 彼女たちは浮き輪に乗った夕奈を持ち上げると、そのまま海まで運んで水深が膝くらいまでの場所にそっと浮かべた。


「よし、行くぞ?」


 瑞希はみんなが頷くのを確認して、思いっきり浮き輪を引っくり返す。その上に乗っていた夕奈は当然海に落ちてしまった。

 水の中でパニックになった彼女は、足が着くことに気が付いて立ち上がると、周りで笑っているみんなを見回す。


「……え、私命狙われてた?」


 そう呟きながら2、3歩後ずさる。すると、ニヤリと笑った瑞希が背中に隠していた水鉄砲を取り出し、中に海水を貯めた。


「夕奈、お前はここで終わりだ」


 まるで映画の登場人物のように、プラスチック製の銃をクルクルと回してから構える彼女。それに続いて、風花と花音も同じように水鉄砲を構えた。


「追い詰めちゃったよ〜」

「逃がさないです!」


 突然3つの水鉄砲に狙われるという状況。普通なら冗談だと笑うか戸惑って逃げるかだろう。しかし、夕奈は―――――――――――――。


「ふっ、夕奈ちゃんは卑劣な手段には屈さない!」


 ――――――――当たり前のように乗ってきた。

 さすがはスーパーパリピ、瞬時に取るべき行動を把握する能力は備わっているらしい。

 唯斗が感心していると、つかの間の静寂の後、ついに瑞希の水鉄砲から水が噴射された。


「甘いっ!」


 夕奈はそれを横に移動して避ける。休む間もなく風花によって放たれた水も、彼女は軽々とかわしてしまった。

 しかし、着地した先の足元が緩かったのか夕奈の体が一瞬フラッとする。準備していた花音はすかさず引き金を引き、見事に脇腹へ命中させた。


「今だ、撃て!」

「総攻撃〜♪」

「手加減なしです!」

「ちょ、や、やめて?!」


 僅かながら隙を晒してしまった夕奈は、三方向から水を浴びせられてくすぐったそうに首や腹を押える。

 慌てて背中を向けても、撫でるように水をかけられてこそばゆい。かと言って背中を隠せば腹を狙われてしまう。

 彼女は隙をひとつ隠せば新たな弱点を露見させてしまうという、負のスパイラルに陥ってしまったのだ。


「トドメ」


 こまるはここだとばかりに海に手を突っ込むと、夕奈に向かって思いっきり水をかけた。

 それが顔にクリティカルヒットした彼女は、さすがに耐えきれずに後ろへと倒れる。


「いい攻撃だったな」

「夕奈ちゃん、破れたり〜♪」

「弱すぎ」


 みんなが大笑いする中、しばらく水の中でブクブクとしていた夕奈は、おそるおそると言った感じで水面から顔だけを出した。

 不思議に思った唯斗が「足った?」と聞きながら近付こうとすると、彼女は慌てたように「こ、来ないで!」と叫ぶ。


「夕奈、大丈夫か?」

「みずきぃ……助けてよぉ……」

「どうしたんだよ」


 夕奈は彼女に手招きをして耳元へ口を寄せると、事情を囁いて伝えた。瑞希は「なるほどな」と頷き、少し沖の方へと視線を移した。


「夕奈、転んだ拍子に水着が流されたらしい」

「ちょ、なんで言うの?!」

「言わなきゃ小田原に見られるぞ」

「それは絶えられない!」


 唯斗はそんなに拒絶しなくてもいいのにと心の中で呟きながら、瑞希が眺めている方向に目を凝らしてみる。

 すると、少し遠いところに水面に布が漂っているのが見えた。沈んでいないのなら、急げばまだ回収出来るかもしれない。


「え、このイベントって現実でありえるの?」

「そんなこと言ってる場合か!」

「早く取りに行かないと〜」

「それな」


 話している間も離れていく水着。しかし、夕奈自身は隠さなければならないため泳ぐことは出来ない。


「瑞希ぃ……」

「おう、分かってる。すぐ取ってきてやるからな」


 瞳を潤ませる夕奈の肩をポンと叩き、瑞希は急いで沖に向かって泳ぎ始めた。

 『僕の3倍くらい速いなぁ』なんて思いながらその姿を見つめていた唯斗は、視界に映った異変に思わず二度見してしまう。


「ねえ、あれってもしかして……」


 瑞希の進行方向の海が、海抜ゼロメートルよりも高く持ち上げられていたのだ。しかも、それがこちらに向かって近付いてきている。


「瑞希、気をつけて!」

「……ん? おわぁぁぁぁぁ!」


 夕奈の叫びも虚しく、瑞希は抵抗する間もなしに海の魔物の中へと飲み込まれてしまうのであった。


「みずきぃぃぃぃ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る