第74話 お返しは爆速で

「あー! また崩れちゃいましたぁ……」

「カノちゃん師匠は緊張しすぎだよ!」

「小学生に言われちゃダメだよ〜♪」

「それな」


 心地よい眠りから目が覚めると、砂で作った山に棒を挿して、周りの砂を削りながらどっちが先に倒すかのゲームをしている花音かのんたちの姿が寝ぼけ眼に映る。

 それをボーッと眺めていると、「やっと起きた?」という声が降ってきた。

 体を起こして声の主を確認してみると、何故かそこには夕奈ゆうなが居るではないか。


「あれ、どうして夕奈が枕に……?」

「その言い方は語弊ごへいがあるよね? 私は枕じゃないよ」

「ごめん、言い直すよ。どうして枕が夕奈になってるの?」

「悪化してない?」


 どうやら唯斗ゆいとの脳はまだ寝ぼけているらしい。彼は一度お茶を飲んで意識をはっきりさせてから、もう一度夕奈の方を向いた。


「僕、風花ふうかに膝枕してもらった気がするんだけど」

「途中で交代したの。私でもよく眠れたでしょ?」

「気付かなかったくらいだからね。意外と使えるかも」

「もう少し対人間らしい言葉使えない? 夕奈ちゃんは物じゃないかんね?」


 唯斗は確かに枕になってもらっておいて失礼だったかもしれないと思い返すと、夕奈の頭を優しく撫でてあげる。

 彼女は初めこそ驚いた顔をしたものの、やがて「ふぁ……」と気持ちよさそうな声を出して目を閉じた。


「授業中も枕になってね」

「ふぁい……ってできるか! 授業には集中させてよ!」

「あの成績でその言葉が出るのはおかしい」

「夕奈ちゃんだって努力してるんだよ!」

「最高4点の努力か」

「思い出させないで?!」


 2人がそんなやり取りをしていると、海の家の方から歩いてきた瑞希みずきがパラソルの下に入ってくる。

 彼女の手には、買ってきてくれたらしいおにぎりの入った容器が握られていた。


小田原おだわら、起きたなら食べるか?」

「あれ、瑞希たちはもう食べたの?」

「もう午後1時だぞ? お前、よっぽど寝不足だったんだな」


 瑞希からおにぎりを受け取った唯斗は、3時間も膝枕をしてもらっていたことを知って驚いた。

 いつから夕奈に変わったのかは知らないが、たとえ3分の1の時間だとしてもかなり長い。


「起きないなら放って遊びに行ってくれても良かったのに」

「いいのいいの! たまには休まないとやん?」

「でも、足疲れたでしょ?」

「まあ、確かに少しはね」


 せっかくの最終日、夕奈も海でワイワイしたいだろうに。楽しそうに遊んでいる天音あまねたちを見て申し訳ない気持ちになった唯斗は、せめてものお詫びとしてあることを思いついた。


「そうだ、マッサージしてあげるよ」

「別に気遣わなくていいよ?」

「お礼も兼ねてだから遠慮しないで」

「いや、本当にいいって!」

「夕奈に借りを作りたくないからさせてよ」

「……それはお礼と言っていいの?」


 唯斗は首を傾げる彼女の背後に回り、肩と腰を支えながらうつ伏せで寝転ばせる。

 この体勢にしてしまえば、後はお礼という名の押しつけを実行するだけだ。


「じゃあ、マッサージするよ」

「……まあ、してくれるって言うなら甘えようかな」

「うん、そうして」


 体から力を抜いてくつろぎ始める夕奈。唯斗は彼女の太ももに触れると、親指の腹でグッグッと押していく。


「んっ……唯斗君上手だね」

「昔、母さんによくしてたから」

「親孝行な息子さんだこと」

「やらないと晩御飯のおかずが一品消えてた」

「鬼か?!」

「大魔王だよ」


 最近はお遣いを頼んでくる程度だから困っていないものの、自分が寝るのが好きになったのは、ハハーンに過重労働を強いられてた時期があるからだと思うんだよね。

 唯斗は心の中でそう呟くと、頭の中に浮かんできた大魔王の姿を首を降ってかき消した。


「そのおかげで気持ちいいと思うと、複雑な気持ちになるね」

「気にしないで、夕奈にはお礼でやってるんだから」

「まあ、そうだね……」


 よほど曖昧な気分なのか、彼女はぎこちなく頷いて上げていた顔を下ろした。


「夕奈、気持ちよさそうだな?」

「んっ、すごい解されてる感はあるかも……」

「それは良かった。ゆっくり楽しめよ」


 そう言って花音たちのところへ歩いていく瑞希。

 彼女がどうしてニヤニヤしていたのか、唯斗には分かるはずがなかった。

 なぜなら、彼は知らないからである。目覚める5分前までは風花が膝枕をしていたということを。


「夕奈のやつ、いいとこ取りすぎるだろ」

「ふふっ、私は気にしないけどね〜♪」

「ずるい」


 マッサージされる様子を眺めていた彼女らに、花音が「でも、すごく幸せそうですね」と呟くと、瑞希が「まったく、憎めないやつだな」と微笑んだ。

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