第69話 人を呪わば穴一つ
最後の線香花火がポツリと消える。明るく照らされていた空間にはまた暗闇が訪れ、
「じゃあ、帰ろっか」
その言葉に
唯斗は、彼女が砂浜に置きっぱなしにした海水の入った袋を拾い、中身を海へと返した。
「夕奈、火消せる?」
「……ふふっ」
グズグズしているので声をかけてみると、彼女は突然笑い始めた。唯斗はとうとう頭がおかしくなったのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「ねえ、唯斗君」
「何?」
「花火、もうひとつ残ってたんだけど」
「じゃあそれも早くやっちゃってよ」
「……いいんだね?」
ミリ〇ネアの時のみの〇んたのように、どことなく意味深な聞き方をしてきた夕奈は、そっとポケットから何かを取り出すと―――――――――――。
「いけっ、ピ〇チュウ!」
そう言って火をつけたソレを唯斗の足元へ投げた。直後、激しく火花を散らしながら回転を始める。そう、ネズミ花火だ。
「ふはは!100万ボルトをくらえー!」
夕奈は2つ目、3つ目のネズミ花火を投下すると、悪役のように笑いながら満足げに腕を組む。しかし、ここで彼女の予想外の出来事が起こった。
「……え……ちょ?!」
投げたはずのネズミ花火が、回転しながら自分のところへ戻って来たのだ。
袋に『長時間楽しめる!』と書いてあるだけあって、ほとんどネズミ花火を見たことがなかった唯斗でも長いと感じるほど。
本来なら夕奈が大笑いするはずのこの長さが、彼女にとって丸々地獄の時間に変わったわけである。
「た、助け……ひぃっ?!」
ジャージも着てるし大丈夫だろうと、唯斗は月明かりが反射して海に作る白い橋をボーッと眺めていた。
夕奈はその間もネズミ花火の驚異に脅かされ、ジリジリと海辺へと追い詰められていく。
ついには足首辺りまで水に浸かり、同じく水に浸ってしまった花火たちは、火が消えたことで回転を止めた。
「あ、危なかった……」
そう安堵のため息をついた矢先、ネズミ花火は最後の力を振り絞ってパン!パン!パン!と連続で弾ける。
その音に驚いた夕奈は下半身から力が抜け、そのまま海の上に尻もちをついてしまった。
「ひぅっ?!」
お尻に触れるひんやりとした感覚に体がビクッと跳ねる。それまで体を動かしていたから、その差のせいもあるだろう。
慌てて立ち上がろうと砂に手をついたものの、予想以上の柔らかさに拍子抜けした彼女は、うっかり後方に傾いた重心を元に戻せず―――――――。
バシャーン
思いっきり背中や髪まで濡らしてしまった。そんな夕奈の状況に気がついた唯斗は、駆け寄って立ち上がるのを手伝ってあげる。
「何やってるの」
「ゆ、唯斗君のせいだし!」
「人のせいにしないでよ」
どう見てもあれは自爆だったよ。なんならSiriに聞いてやろうか。唯斗はスマホに向かって話しかけようとしたが、その代わりにライト機能をONにする。
夕奈の全身を照らしてみると、頭からかかとにかけて体の後ろ半分がビッショリと濡れていた。
「うわ、これはパンツも濡れちゃったね」
「だから、ショートパンツだってば!」
「いやいや、パンツで合ってるよ」
唯斗が「中まで染みてないの?」と聞くと、彼女はおそるおそるジャージの中に手を入れてお尻を触ってから、「……染みてる」と呟いた。
「ほら、濡れてるじゃん」
「ど、どうしよ……予備忘れてきたんだけど!」
「昨日履いたやつ使えば?」
「乙女が使い回しなんぞできるか!」
「なら履かなきゃいいよ」
「そ、それは……新しい何かに目覚めそうで怖いというか……」
一体何に目覚めるのかは分からないが、確かに夕奈が濡らしたのは下着だけではない。
上も下も全て濡れているのだから、唯斗と同じ部屋にいる限りは『着替えがないから全裸監督状態』で済ますわけにはいかないのだ。
「わかった、僕の予備があるから貸してあげる」
「い、いいんすか先輩!」
「同級生だから。さすがにパンツは昨日のを穿いてもらうけどね」
「あざす!ありがたく借りさせてもらいやす!」
急に元気を取り戻した夕奈は、「さあ、早く帰ろう!お風呂入り治さないとだし!」と、さっさと持ってきたものを持って歩き出す。
唯斗もそれを追いかけてホテルまで戻り、受付で借りたものを返してから、足早に部屋まで戻ったのであった。
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