第68話 一瞬の儚さに生きる光の華

 2人は順調に花火の本数を減らしていき、残りは筒状のよく分からないやつと線香花火の2種類になった。


「なんかすごそうだし、先に線香花火する?」

「別にどっちでもいいよ」

「じゃあそうしよー!」


 夕奈ゆうなはウキウキ気分で線香花火を一本取ると、「唯斗ゆいと君も同時にやろ!」と手招きする。


「先に落ちた方が負けだかんね」

「テンプレ過ぎない?」

「それがいいんじゃん」


 まあ、夕奈がいいならそれでいいかと唯斗も一本持ってロウソクに近付く。そして、彼女の「せーの!」という合図で同時に着火し、1mほど移動したところで並んでしゃがんだ。


 パチパチ……パチパチ……


 小さな火の種がくすぶり、弾けるような音を立て始める。

 まばらだった光はやがて連続して様々な方向に伸び、まるで生き物のように一瞬の時の間に咲き、乱れ、そして枯れるを幾度となく繰り返した。

 周囲が暗いこともあって、唯斗は打ち上げ花火を見下ろしているような気分になる。しかし、どれだけ美しい花もいつかは枯れてしまう。


「あっ……」


 ぽとりと砂の上に落ちて砕けた火の玉を見て、彼は思わず声を漏らした。ひと時の間にこんなにも色々な感情を持ったのは、いつぶりだったろうか。


「私の勝ちだね♪」


 得意げに笑う夕奈の線香花火も大差ない時間で終わりを迎え、輝く術を失った紙切れをバケツの中へと放り込む。


「ねー、やってみたいことがあるんだけど」

「なに?」

「とにかく火付けてみて」


 促されるままに2本目に着火すると、夕奈はまだ弾け始めて間もない唯斗の線香花火に自らのを近付けた。

 決まった形を持たない2つの火の玉は、まるで初めからそうであったかのようにひとつになる。大きさだけが倍になっていた。


「ふふっ、線香花火がキスしちゃった♪」

「へぇ、これってくっつくんだ」

「初めての共同作業、みたいな?」

「火花の量も倍だね」

「……スルーか」


 夕奈は「はいはい、わかってましたよーだ」と一人でブツブツ言った後、線香花火に視線を戻してうっとりと頬に手を当てる。


「それにしても綺麗だよねー」

「うん」

「花火と夕奈ちゃん、どっちが綺麗?」

「言うまでもない」

「夕奈ちゃんだよね?」

「ノーコメントで」

「照れちゃって言えないかー!」

「花火に決まってるじゃん」

「それなら言わないままでよかったんだけど?!」


 夕奈は頬を膨らませながら、ペシペシと唯斗の背中を叩いてきた。

 聞いておいて答えたら怒るなんて理不尽だなと思った矢先、痛みと振動のせいで手から線香花火が落ちてしまう。

 まだ力を残していた火の玉は、地面に触れると同時に激しく弾け、その欠片が露出した夕奈の脚目掛けて飛んだ。


「っ……」


 叩かれたせいとはいえ、手を離してしまったのは自分だ。唯斗は慌てて花火の入っていた袋から中身を出すと、そこへ海水を汲んで持ってくる。

 氷水ほどではないが、この時間の海はそこそこ冷たい。冷やせるくらいにはなるだろうという考えだ。


「ごめん、大丈夫?」

「へーきへーき!ちょっと熱かっただけだから」

「跡残ったらダメだし、ちゃんと冷やしとくよ」

「……うん、ありがと」


 唯斗が「花火、もうやめとく?」と聞くと、夕奈は「あと少しだからやる」と首を横に振った。

 「大きいやつは危なそうだから無しにようか」という提案には頷いてくれたけど。火花たくさん散りそうだし、怖いのかもしれない。


「ねね、唯斗君」

「なに?」

「もっかいしよ?」


 唯斗はそう言って2本の線香花火を見せてくる彼女を見て悟った。佐々木ささき 夕奈ゆうなの辞書にトラウマの文字はないんだろうな、と。


「ジャージ、貸してあげようか?」

「いらぬ! 次は気をつけるし!」


 そして、夕奈は「あ、でも……」と呟くと、にんまりと笑いながら言ったのである。


「もし跡が残っちゃったら、唯斗君が責任取って嫁にもらってね?」

「……」


 この後、彼女に無理矢理ジャージのズボンを履かせたことは言うまでもない。

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