第67話 夏といえばやっぱこれだね

 夕奈ゆうなは受付で借りたチャッカマン片手に砂浜へと飛び出す。深夜ということもあって、海を照らすのは優しい月明かりだけだ。


唯斗ゆいと君!火つけるの手伝って!」

「はいはい」


 天音あまねのためだと言い聞かせ、重い体を歩かせてきた彼は、受付で渡された石の板と底の無い器をセットした。

 前者は砂浜ではロウソクが立てられないため、後者は風でロウソクが倒れないようにするために使うらしい。

 わざわざホテルの人が持ってきてくれたのはありがたいが、とにかく重いので唯斗は既に腰に痛みを感じ始めていた。


「ロウを垂らして……これでいい?」

「おっけー!」


 板の上にロウソクを固定し、中央に来るように器の位置も調節する。それが終われば、ついに着火の儀だ。


「ふふふ、チャッカマン夕奈が華麗に灯してみせようぞ!」

「いいから早くして。さすがに寒いよ」

「別に暖を取るための火じゃないかんな?」

「……ちっ」

「舌打ちしたら幸せが逃げるんやで!」

「え、夕奈が寄ってくるの?」

「誰が不幸じゃおら」


 唯斗はペシッと頭を叩かれたことに対して文句を言おうかと思ったが、その分外にいる時間が長くなりそうなのでやめておいた。

 花火を無駄遣いしてさっさと終わらせよう。その方が絶対に早いだろうし。


「では、着火!」


 夕奈は先をロウソクに向けながら、カチリとトリガーを引く。しかし、どれだけ強く押しても火が出てくれない。

 首を傾げながら「壊れてる?」と言い始めたところで、唯斗が呆れたようにチャッカマンを受け取った。


「安全装置外さないと火は出ないよ」

「べ、別に知ってたし! 唯斗マンを試してただけだし!」

「動揺しすぎてチャッカマンと混ざってるよ」

「くっ……なかなかやりおるな……」

「全部自爆だけどね」


 とりあえず、さっさとロウソクに日を灯し、花火セットを開封する。夕奈が「半分こね」と言うので、全種類を半分に分けて持ってきた袋に入れておいた。

 その中から手頃そうなやつを一本取り出して、夕奈がロウソクに近付く。


「お先に失礼しやす!」

「勝手にどうぞ」


 先っぽの薄っぺらい部分についた火は、やがて中の火薬に燃え移って金色の火花を吹き出し始めた。

 夕奈は子供のように瞳をキラキラさせると、「すごいよ! 見て見て!」と飛び跳ねる。


「あんまり暴れると火傷するよ」

「大丈夫大丈夫!」


 ヘラヘラと笑いながら、彼女はクルクルと花火を振り回す。リボンの体操選手にでもなったつもりなのだろうか。

 唯斗は少し離れたところから見ていたが、花火のおかげでよく見えるようになった彼女の服装の無防備さに、ほんの少しヒヤヒヤしていた。


「ところで、それってパジャマなの?」

「そうだけど?」


 火花を吐き出し切った花火を、用意しておいた水入りバケツの中に放り込み、次はどれにしようかと悩み始める夕奈。

 そんな彼女は、随分と太ももの高い位置まで露出したパジャマを着ていた。

 上はフード付きのパーカーを羽織っているものの、下は肌が露出している面積の方が圧倒的に広い。これで火花を被ったりすれば大惨事だ。

 まあ、唯斗が心配することでもないのかもしれないが、目の前で火傷されてはさすがに罪悪感を感じるだろうし……。


「寒くないの?」

「この程度、夕奈ちゃんには余裕っしょ!」

「僕のジャージ、貸したげよっか?」

「いいよいいよ! 寒いんでしょ?」

「うん、まあ……」


 確かに、ジャージのズボンを脱げば、海から吹いてくる風がもろ肌に触れることになる。今でも寒いと言うのに、それはさすがに唯斗には耐えられなかった。


「でも、短すぎない?」

「ショートパンツだからね」

「へぇ、パンツ……」

「そこだけ切り取るなや」


 最終的には唯斗も『まあいいや』と説得を諦める。

 もし火傷して瑞希みずきたちに怒られたら、夕奈が自分で火に突っ込んでいったって答えよう。

 自分に責任がのしかからなければ、どうなろうと知ったこっちゃないもんね。


「ねえ、唯斗くん! 花火持ってよ」


 そう急かされて花火を手に取ると、夕奈は自分の花火が吹き出す火花を唯斗の花火に近付け、花火to花火で着火して見せた。


「これで夕奈ちゃんと唯斗君は主従関係になった!」

「じゃあ、3回まわってニャン」

「はっはっはっ……にゃん♪ って、何やらせとんじゃい!」

「えらいえらい、後でおやつあげる」

「やった!……って違うから! 私が主人役!」

「無理無理、逃げ出す」

「マス○ーボールに閉じ込めたろか」


 2人は燃え尽きた花火をバケツに入れ、残りの花火が入った袋を手に取る。


「この調子だと、どれくらい時間かかるかな」

「まあ、2時間くらい?」

「……帰ろっかな」

「待ってくだせぇぇぇぇ!」


 まあ、さすがの唯斗も一人で花火をやらせておくのは胸が痛むので、帰ろうとした足を仕方なく元に戻してあげた。


「2本ずつくらい使っちゃおうかな……」


 唯斗が何気なくそう呟くと、夕奈は「……へ?」と声を漏らしながらこちらを振り向く。その手には2本の花火が握られていた。


「唯斗君も楽しみ方がわかってきたようだね!」

「……」


 この後、「夕奈と同じレベルの発想……」と唯斗が項垂れてしまったことは言うまでもない。

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