第66話 交渉材料は現地調達で

 風呂事件から二時間半後、夕奈ゆうながようやく目を覚ましてくれたからと、見守っていた唯斗はベッドに入ろうとしていた。


「ねえ、唯斗ゆいと君」

「……うるさい」

「寝れないんだけど」

「……知らない」

「眠くなるまでトランプしない?」

「……しない」

「まったく、連れないなー」


 ここまで拒絶していると言うのに、夕奈はまだ諦めがつかないらしく、トコトコとカバンを置いているところまで移動すると、中から何かを取り出して唯斗に見せてきた。


「それならこれをしようよ!」

「……花火?」


 暗くてよく見えないけれど、おそらく夏におばあちゃんのところに行くと買っておいてくれてるタイプの花火セットだ。

 線香花火が一番本数が多いやつって言った方がわかりやすいかもしれない。いや、分からないか。


「もう0時なんだけど」

「真夜中の火遊びなんて、みんなの憧れやん?」


 そう言いながら花火セットを揺らす夕奈に、「それが通用するのは中学生まで」と言おうとして、よく考えたら夕奈は中身が小学生だからと思い直した。


「危ないからやめなよ」

「大丈夫大丈夫、海の近くだし」

「ホテルの人に怒られるよ?」

「朝食の時に確認したけど、ゴミさえ残さなければいいってさ!」

「……」


 最後の砦であったはずのホテル側まで敵に回ったか。唯斗は小さくため息をつくと、最終手段とばかりに布団を頭から被る。

 こうして外界の音をシャットダウンすることで、そもそも夕奈の話を聞こえないようにする作戦だ。

 しかし、それでも彼女は足元から潜り込んでくると、密着した状態でケラケラと笑った。


「唯斗君が行かないって言うなら、私ここで寝る」

「寝てる間に窓から放り投げるようかな」

「パトカー来て騒がしくなるね?」

「……やっぱりやめとく」


 夕奈は唯斗の出した答えに「うむ、よろしい」とドヤ顔をして見せると、おもむろに手を握りながら視線を合わせる。


「さあ! 夕奈ちゃんと同じベッドで寝るか、花火しに行くか、好きな方を選ぶといい!」

「寝る」

「え、即答?」

「うん。ほら、おいで」

「わーい! ……って痛い痛い! 背骨折れる!」


 まんまと広げた両腕に入り込んできた夕奈を、唯斗は手加減なしで抱き締めて懲らしめる。

 痛みのあまりベッドから転げ落ちた彼女は、「酷いやないか!」と抗議してくるが、すぐに「花火は?」と話を元に戻した。


「しない」

「なんで?」

「外に出たくないから」

「楽しいよ?」

「それなら一人で行ってきなよ」

「そういうんじゃないんだよなー」


 夕奈は仕方ないとため息をこぼすと、袋の中から花火を2本取り出す。まさかここで火をつけるつもりかと思ったが、どうやら違うらしい。

 彼女は天音のベッドへと移動すると、双方の鼻の穴に花火を差し込んで写真をパシャリ。満足げに頷くと、画面を唯斗に見せつけた。


「これでも嫌だと言うんだね?」


 あろうことか、弟子を人質に取ったのである。しかも表示されている画面は、海に来ているメンバー全員が入っているRINEグループへ送信する一歩手前の状態。

 もしも唯斗が拒めば、明日の朝には妹が笑いものにされてしまうのだ。兄としてそれは許せない。


「わかった、行くよ」

「フフフ……初めからそう言えばいいのだよ」


 さすがは邪神の口から生まれた悪魔、利用するものはなんでも利用してくる。やはり、一刻も早く妹を魔の手から遠ざけなければ……。


「みんなも寝てるだろうし、2人だけかな?」

「起こすのも悪いからね」

「これはデート?」

「そんなわけ……いや、そうだね」


 唯斗は写真を見せつけてくる夕奈を見て察した。言うことを聞いたとしても、絶対に消さないんだろうなと。


「これさえあれば、唯斗君も思いのままかー♪」

「……」

「色々と要求しちゃおっかなー?」


 彼女は心底楽しそうにニヤニヤと笑う。学校が始まったら、パシリでもするつもりなのかもしれない。

 こうなったら、こちらもダメージを与えられる何かをゲットしてやろう。唯斗は自分の平穏と妹の未来ために、強く心に誓ったのであった。

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