隣の席の美少女が何故か憐れむような目でこちらを見ているけど、僕には関係がないのでとりあえず寝る ―――ひとりが好きなぼっちだっているんですよ?―――
第65話 音が筒抜けの温泉って、今時あるのだろうか
第65話 音が筒抜けの温泉って、今時あるのだろうか
「いやぁ、極楽極楽ー♪」
「お前はおっさんか」
その振動で頭の上に乗せていたタオルが落ちそうになり、慌ててキャッチしてホッとため息をこぼす。
「ていうか、貸切状態だね」
「時間もちょっと遅いからな」
脱衣所で時計を見た時、針は9時半を示していた。髪や体を洗っていたため、あれから10分ほど経っているはずだ。
それでも他の客は一人も入って来ていない。タイミングが良かったのだろう。夕奈はおかげでちょっとした優越感に浸れていた。
「人がいないからって泳いだらダメだからな?」
「夕奈、すぐ調子に乗るからね〜」
「それな」
3人からの注意に「そ、そんな子供じゃないしー!」と頬をふくらませてぷいっと顔を背ける夕奈。
その視線の先で「師匠の背中流す!」「ありがとうです!」というやり取りをしている
「ちぇっ、私の方が先に師匠になったんやぞ」
「お前だってちゃんと信頼されてるだろ?」
「天音ちゃんを手なずけて、
「前言撤回、お前に師匠の資格はないな」
呆れたように呟く瑞希の言葉も聞かず、夕奈は「こうなれば、既成事実を作るしかないか……」と悪い笑みを浮かべる。
そんな彼女は、ふと聞こえてきたシャワーの音で我に返った。振り返ってみると、天音ちゃんは花音の背中をゴシゴシと洗っていて、シャワーから水は出ていない。
他に客はいないと言うのに、一体どこから聞こえてくるのだろうと音を辿ってみると……。
「あれ?」
浴場の壁の上の方が空いていることに気が付いた。シャワーの音は向こう側から聞こえてきているらしい。
「向こうって男風呂だよね?」
「ああ、そうだな」
「……ふふ」
その意味深な含み笑いで何かを感じ取ったのか、瑞希と
「夕奈、それだけはやめとけ」
「早まっちゃダメだよ〜」
「な、何か疑われてる?!」
両方向から自分よりも大きな賜物を持つ者に挟まれ、少しばかり心理的なダメージも受けつつ、夕奈は「声かけるだけだから!」と言ってじたばたと暴れる。
「本当に声だけだな?」
「逆に何をすると思ってるのさ!」
「壁を上って小田原の裸を――――――――」
「出来るわけないやろがい!」
そもそも、壁は4m程の高さがある上に凹凸もない。スパイ○ーマンでない限り、普通の人間が上るのは不可能だろう。
瑞希と風花も考え直してみて「確かに」と頷く。夕奈は蜘蛛男でもないが、そもそもこう見えて純粋なタイプであることを二人は知っていた。
たとえ上れる高さの壁だったとしても、「覗いちゃおっかなー?」なんて冗談を言うだけで、きっと恥ずかしがって見ることすら出来ないだろう。
「夕奈だもんな」
「夕奈だもんね〜♪」
顔を見合せてケラケラと笑う2人に、「馬鹿にされてる気がする……」とブツブツ文句を言いながら、夕奈は湯の中を移動して壁に近付く。
「唯斗君、まだいる?」
そう声をかけてみるも、返事は返ってこない。男の子は女の子よりも髪を洗うのが早いし、先に上がったのだろうか。
「小田原、まだいるよな?」
『いるよ』
「おだっち、もしかして貸し切り〜?」
『うん、今は僕1人だけ』
「唯斗君、お湯気持ちいい?」
『……』
「私の時だけ反応無いのおかしいよね?!」
瑞希と風花は「お湯が気持ちよくて寝たんだろ」「今日は疲れたもんね〜♪」と頷いているが、夕奈からすれば単に無視されているだけとしか思えなかった。
「唯斗君、返事してよー!」
『……』
「返事しないと、天音ちゃんがどうなっても……」
『なに?』
「随分と早いなおい!」
瑞希が「よかったな、返事あって」と親指を立ててくれるものの、夕奈はどうしても素直に喜べない。どう考えても、今のは天音ちゃんを人質に取ったおかげだし。
『用がないならもう上がる』
「ちょ、待って!」
『僕、のぼせちゃったし、話は部屋で―――――』
唯斗がそう言った直後、壁の向こう側からものすごい音が響いてきた。まるで何か積んであったものが崩れ落ちたような激しい音だ。
「唯斗君、大丈夫?」
『……』
「ねえ、返事してよ」
『……』
何度呼びかけても声が返ってこない。今の今まで会話をしていたと言うのに、急に無言なんて絶対におかしい。
夕奈は湯に浸かっているはずの背中に寒気を感じた。これが嫌な予感と言うやつなのだろうか。
「た、助けに行かないと!」
「助けに行くって大袈裟だな……何か落としただけじゃないのか?」
「そうかもしれないけど、倒れた可能性もあるじゃんか!」
「それなら急いでホテルの人を呼んで……」
「そんな時間ないよ!私が助けに行かなきゃ!」
顔が半分青ざめている夕奈は、瑞希を急かして無理矢理肩に乗せてもらい、「すぐに私が行くから!」と腕の力で上までよじ登る。
「唯斗君、だいじょう……ぶっ……」
壁の向こう側を覗き込んだ彼女は、辺りに散らばった風呂桶を片付けている唯斗の姿が視界に映ると同時に、鼻血を吹き出して意識を失った。
落ちてきた体は何とか瑞希たちによって受け止められて無事だったものの、その後2時間はベッドの上でうなされ続け―――――――――――。
「……あれ、どうやって帰ってきたんだっけ?」
目を覚ました彼女は、気絶する直前の出来事を覚えていなかったという。
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