第53話 電車の旅は終わりかけこそ良きかな

 電車を乗り継ぎながら、ガタンゴトンと揺られること約1時間半。窓の外を眺めていた夕奈ゆうなが大きな声を上げた。


「海だぁぁぁぁ!」


 視界一面に広がる青の草原。開いた窓から吹き込んでくる風が微かにしょっぱい。

 花音かのん天音あまねも続いて窓に飛びつき、興奮したような声を漏らした。


「広いです! 大きいです!」

「サメいるかな?」


 瑞希みずきは「さすがにサメは……」と言いかけてやめた。小学生なりの無邪気さを大事にしてくれたらしい。


「あれが泊まるホテルかな〜?」

「たぶん」


 風花ふうかが、ビーチから少し離れた場所に見える建物を指差しながら「すご〜♪」と笑う。高校生と小学生が泊まるにしては立派すぎるほど大きい。

 少なくとも唯斗は、あんな場所に泊まったことはなかった。


『次は〜夏川ホテル前、夏川ホテル前でございます』


 車掌のアナウンスが聞こえてから数分後、停車した駅で一行は荷物を抱えて電車を下りる。

 そして駅から出た瞬間、正面に見えた海に興奮を抑えきれなくなったのか、夕奈が口元に両手で筒を作って叫んだ。


「やっほぉぉぉぉっ!」


 すかさず瑞希が「それは山だろ」とつっこむと、「自然が私を呼んでる!」とよく分からないことを言い出したので放置してホテルへ向かう。


「うわ、めちゃくちゃいいとこだな」

「近くで見るとさらに大きいね〜♪」

「大迫力」


 ホテルの玄関前で建物を見上げながら、3人は口々に感想をこぼす。唯斗も大体同じようなことを思っていた。


「こんな大きなところだと、立派な金庫とかありそうだよね。いや、悪いことなんて考えてませんよ?」

「まだ何も言ってないけど」


 夕奈が勝手に自白してくれたので、とりあえず瑞希にでも頼んで見張っておいてもらおう。夏休みに不法侵入と窃盗未遂で警察のお世話になるなんて、一生の黒歴史になるだろうし。


「いや、むしろその方が僕は平和に過ごせる……?」

「ちょいちょい、今すごい酷いこと考えてない?」

「世界平和について考えてる」

「うそつけ」


 夕奈は唯斗の肩をペチンと叩くと、「次は倍返しやかんな!」と吐き捨ててホテルの中へと入っていった。

 後で波打ち際に頭だけ出して埋めようかな。溺れるか溺れないかの瀬戸際なら、あの夕奈でも改心するかもしれない。

 唯斗はそんなことを考えたものの、掘るのが面倒だからやめておいた。そしてホテルの立派さに入るのを躊躇している花音と天音に声をかける。


「2人とも、入らないの?」

「ゆ、唯斗さん!こんなところ、私なんかが入ってもいいのか分からなくて……」

「お金さえ払えば誰でも入る権利はあるよ」


 ホテルとはそういう場所である。まあ、お金を払わなくても立ち入ることは出来るけど、その場合は代わりになんのサービスも受けられないね。


「お兄ちゃん、宿泊費払えるの?うちにそんなお金あったっけ……」

「天音、安心して。ここのホテルを選んだのは、瑞希のお母さんが福引で宿泊クーポンを当てたからだよ」


 普通なら手が出ないようなホテルだが、そのクーポンのおかげで格安で泊まることが出来るのだ。

 要するに、使い道のない瑞希ママの代わりに、唯斗たちがおこぼれを頂いたということ。

 金銭や貴重な経験という点で見れば、ものすごく得をしているのである。


「それならよかった!払えないと地下送りにされるかと思ったから」

「帝〇グループじゃないから大丈夫だよ」


 宿泊費の心配が消えた天音は、ホッと安心したように自動ドアをくぐり抜け、夕奈たちのいる方へと歩いていく。

 小学生なのにお金の心配をするとは、ハハーンは妹に何か吹き込んでいるのだろうか。唯斗は少し心配になりながらも、隣にいる花音と一緒にホテルへと踏み込んだ。


「瑞希ちゃんのママさんが、福引に当たっただけで満足する人で良かったですね」

「なんだかんだ、景品より『いいものが当たった』って事実の方が嬉しかったりするからね」


 そんなことを言いながらフロントにたどり着くと、瑞希が既にチェックインを進めてくれていて、そう待たずに部屋のカードキーを受け取れた。

 荷物はホテルの従業員さんが後で運んでくれるらしく、一行は手ぶらでエレベーターに乗り込む。

 このホテルは10階建てらしく、部屋は9階だからかなりいい場所である。一行は案内されるままに廊下を歩き、その突き当たりで足を止めた。


「お部屋は一番奥とその隣の2部屋となります」


 従業員の女性が丁寧に説明してくれる。

 唯斗はそれなら自分は天音と2人だろうと手前の部屋に行こうとしたが、女性の次の一言で思わず固まってしまった。


「ベッドが3つと4つになるので、34頂きます」

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