第52話 ぼっちには遠出すら冒険

唯斗ゆいとが遠出なんて、何年ぶりかしら」


 玄関で靴を履く唯斗の後ろから、母さんがそんなことを呟く。確かに学校行事を除けば、泊まりでどこかへ行くなんて小学生以来かもしれない。


天音あまね、お兄ちゃんをよろしくね」

「普通、僕に天音をよろしくじゃないの?」

「頼りにならないじゃない」

「……」


 返す言葉もなかった。確かに自分に出来ることと言えば見守ることくらいで、特別なことをしてやることすら出来ない。

 唯斗がガックシと肩を落とすと、天音はポンポンと背中を撫でながら「師匠がいるから大丈夫だよ」と微笑んだ。

 夕奈ゆうなより頼りにならないなんて、余計にグサっとくるよ。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってきます!」

「楽しんできなさいよ〜」


 大きなカバンを肩にかけ、兄妹並んで家を出る。次に心が休まるのは、3日後になるのかな……。

 唯斗はしばらく会えないであろう平穏に別れを告げ、小さくため息をこぼすのだった。

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「唯斗君、お久ー!」

「……」

「嬉しすぎて言葉も出ないかー!」

「……はぁ」


 この感覚、悪い意味で懐かしい。目が合うなり飛びつくように駆け寄ってきて、この怒涛のウザ絡みである。

 通話の時の元気のなさはどこへ行ってしまったのだろうか。


「師匠!」

「天音ちゃんではないか! 元気にしておったか?」

「うん! 師匠こそ、死にかけたって聞いたよ?」

「そうそう、悪の女教師に山に閉じ込められてたんだよねー」

「でも、補習だから自業自得だよね!」

「っ……弟子の言葉に胸が……」


 夕奈が胸を押えて倒れる演技を見せたところで、駅の方から瑞希みずき風花ふうか、こまるの3人がやってくる。


「悪い、遅くなったな」

「時間通りだけどね〜」

「セーフ」


 3人とも夏らしい服装で、まさに遊びに行く気満々と言った感じだ。こまるが傘をさしてるのは少し気になるけど。


小田原おだわら、定期は持ってきてくれたか?」

「うん、ちゃんとあるよ」

「サンキューな。これがないと乗り換えの度に切符買わないといけないから面倒なんだ」


 瑞希は満足そうに定期をしまうと、視線を唯斗の隣へと移す。じっと見つめられた天音は、そのクールな瞳に少し怖気付いたらしかったが、負けじと見つめ返していた。


「……お前が小田原の妹か?」

「そ、そうだけど……な、何か?」


 威勢はいいが声は震えている。夕奈、花音かのんと、これまで会ったことがある2人とは明らかにタイプが違うからだろう。

 瑞希はしばらく天音を眺めた後、目線の高さを合わせるように屈んだ。


「可愛いな、やっぱり」

「おわっ?! こ、攻撃か?!」


 わしゃわしゃと頭を撫でられて困惑する天音を、瑞希はここぞとばかりに抱きしめる。天音は天音で満更でもないらしく、途中からは「えへへ♪」と笑っていた。


「悪い、つい我慢できなくなっちまった……」

「大丈夫だよ♪ お姉ちゃんは悪い人じゃないみたいだし、妹審査合格!」

「よく分からないけど嬉しいぞ!」


 花音に続いてまた審査を通過してしまった。もはや天音のご機嫌さえ取れば合格できるのではないかと、唯斗は思い始めているくらいだ。


「ところでカノちゃんは?」

「まだ来てないみたいだな」

「迷ってるのかもね〜」


 連絡が来ていないかとみんながスマホを見ようとした瞬間、駅の方から「ごめんなさいぃぃぃ!」という声が聞こえてくる。間違いなく花音だ。

 彼女はこちらに向かって走ってくると、目の前にある段差に気付かずにつまづいてしまう。

 しかし、それを見越していたように瑞希が倒れてきた体をそっと片腕で支えた。


「足元には気をつけろって言っただろ?」

「うぅ、ごめんなさい……」

「私がいないところじゃ守ってやれないんだから」

「いつもありがとうですぅ……」


 瑞希がポンポンと頭を撫でてあげると、花音はニッコリと元気を取り戻してくれる。が、すぐに思い出したように頭を下げた。


「ち、遅刻してごめんなさい!」


 事情を聞いてみると、花音は目覚ましをセットしたつもりだったものの、何故か鳴ってくれなかったらしい。

 大事な時に限ってそういうことはあるが、唯斗が見たところ遅刻したことを怒ろうとしてる人はいないらしかった。ふざける人は約1名いたけど。


「遅刻なんて許せないねぇ? そんなカノちゃんには罰ゲームだよ!」

「ふぇぇ……」

「じゃあ、逆立ちしながら夕奈ちゃんのいい所を100個答えて―――――――――――」

「調子に乗るな、100個は地獄すぎるだろ」

「痛い痛い! 瑞希、腕取れるからー!」


 瑞希は調子乗りをしっかりと痛めつけてから、花音を「気にするな」と安心させてあげる。


「どうせ、花音の遅刻も考えて早めに集合したんだ」

「むしろ、ちょうどいい時間だよね〜」

「それな」


 みんなが花音をフォローしてくれている。そんな様子を見た天音は瞳をキラキラとさせながら、「いい人たちだね!」と笑っていた。


「ぐぬぬ……」


 成敗された夕奈だけは、納得がいっていないらしかったけど。師匠降板された方がいいんじゃないかな、妹の教育的にも。

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