第54話 相部屋はキケン

「……はぁ」


 唯斗ゆいとの口から、思わずため息が溢れる。そんな彼の顔を覗き込むようにして、夕奈ゆうなはニヤついていた。


「唯斗君、ご機嫌斜めかなー?」

「……」

「唯斗のダンナァ、せっかく同じ部屋に泊まるんだし、仲良くしやしょうよー」

「……はぁ」


 そう。唯斗が不機嫌な理由は、夕奈と同じ部屋にされてしまったからだ。

 いくら興味が無いとは言え、夕奈は女の子。妹である天音あまねと違って、一緒の部屋というのは色々と問題がある。

 だから、唯斗はてっきり瑞希あたりが夕奈を引き取ってくれるものだと思っていたのだが……。


「仕方ない、夕奈はそっちの部屋だな」

「4人だから仕方ないよね〜♪」

「それな」

「ですです!」


 そんな感じであっさりとリードを外され、自由の身となった夕奈犬はこうして唯斗にじゃれついてきているわけである。

 ちなみに天音は「カノちゃん師匠と遊んでくる!」と出て行ったからここにはいない。要するに2人きりだ。


「ここは僕のだから。ベッドには入ってこないで」

「冷たいなぁ。別にいいじゃん、ベッドくらい」

「本当にやめて、怒るよ」


 ベッドの上で足を伸ばしながらくつろいでいるところへ、夕奈が強引に侵入しようとしてくるので、唯斗も負けじとその体を押しかえす。

 睡眠を大事にする彼にとって、寝るという用途のためだけに作られたベッドというのは、崇め奉られる神に等しい存在だ。

 そこに悪魔の口から生まれたような夕奈が侵入すれば、それはもう魔界大戦争が勃発してしまう程の一大事。

 例え部屋は同じになったとしても、この空間だけは死守せねばならない。平穏な睡眠のために。


「ふふふ、夕奈ちゃんに勝てると思っているのかい?」

「っ……」


 しかし、やはり運動神経のいい夕奈に、その四文字とは無縁の唯斗が勝つのは難しかった。

 彼女は一度体を後ろへ逸らすと、唯斗がよろけたところで隙をついてベッドへと飛び乗る。


「勝負あったようだねぇ!」


 夕奈はドヤ顔を見せつけながら、まるで悪魔のような高笑いした。デビル夕奈……恐ろしい存在だ。

 今すぐにでも押しのけたいところだが、抵抗しようにも唯斗は体にまたがられた上、手首を捕まれているせいで身動きすら取れない。


「……わかった、降参する」


 助けも呼べない現状、残された選択肢はそれだけだった。夕奈はその言葉に目を輝かせると、「やっぱり夕奈ちゃんには勝てないかー!」と嬉しそうに後ろ頭をかいた。


「じゃあ、ベッドへの入国を許可してよね!」

「はいはい、今だけね」

「よっしゃ!」


 断ってもどうせ入ってくるくせにと唯斗はため息をつきつつ、なかなか自分の上から降りようとしない夕奈を見上げる。


「で、そろそろ降りてよ」

「なぜ故に!入国は許可されたはずぞ?!」

「違うよ、僕から降りてってこと。ずっと乗られてると腰が痛いから」

「こ、腰が……って、私も女の子だよ?! 君にはデリカシーってものがないのか!」


 何故か怒られた。おまけに思いっきり右頬をビンタされた。デリカシーどころか、理性すら持ち合わせていないのはどっちだと唯斗は心の中で呟く。


「手首も痛いんだけど」

「……」

「聞いてる?」

「あ、うん!聞いてる聞いてる!ホッキョクグマとパンダは親戚って話でしょ?」

「全く聞いてないじゃん」


 そりゃ、パンダもクマだからそうだろうけど。唯斗はさっきまでとは打って変わって静かになった彼女を不思議に思っていた。

 部屋の明かりが逆光になって見えづらいけど、夕奈の顔がほんとりと赤い気もする。もしかすると、遠出したせいで体調が優れないのだろうか。


「夕奈、もしかして―――――――」

「あ、あのさ!」


 『気分悪いの?』と聞こうとした声が遮られた。

 唯斗は人の話を聞けと文句を言おうかと思ったが、何やら真面目な表情で見下ろしてくる彼女を見て、自然と口を閉じてしまう。


「こういう機会だから聞いておきたいことがあるんだけど……」

「なに?」

「えっと、その……」


 夕奈は何かを言おうとしてやっぱりやめ、そしてまた言おうとして……を何度か繰り返した。

 視線もキョロキョロと一点を捉えていないし、何か良くないものでも食べたんじゃないだろうか。それなら体調が悪そうなのも頷ける。

 もし必要なら救護室まで連れて行ってあげよう。そうすれば、この部屋はしばらく静かになるし。

 唯斗はそんなことを考えていたが、一度深呼吸して決心をした夕奈の口から出てきた言葉は、予想とは全く違っていた。


「唯斗君って、こういう状況でドキドキしないの……?」


 『何かいつもと違ってると思わない?』のような質問とはどこか様子が違う。けれど、唯斗の中にある答えはひとつだけだ。


「いや、するけど」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る