隣の席の美少女が何故か憐れむような目でこちらを見ているけど、僕には関係がないのでとりあえず寝る ―――ひとりが好きなぼっちだっているんですよ?―――
第46話 赤点を取ったことない奴は補習の恐ろしさを知らない
第46話 赤点を取ったことない奴は補習の恐ろしさを知らない
5人で遊びに行ってから数日後の夜。
そろそろ寝ようとベッドに入ったところで、机の上で充電していたスマホが震えた。
「……」
そして画面を確認した後、電源を落とした。通話の相手が
前回、早朝に花音から電話がかかってきた時の失敗から、連絡手段を断つ方が有効だと学んだのだ。さすがは成長する人の子である。
しかし、唯斗は知らなかった。他にもこの家に夕奈とのつながりを持つ者がいるということを。
「お兄ちゃん、師匠がお兄ちゃんに代わってだって!」
「……はぁ」
部屋に飛び込んできた
妹の連絡先を知られているのなら、どれだけ拒絶しても無意味だろう。
それに自分のせいで天音に迷惑がかかる。電話もかかる。それはあまりよろしくない。
「わかった、僕の方にかけ直すように言って」
「はーい!師匠、お兄ちゃんが―――――――」
彼女はスマホを耳に当てながら部屋を出ていく。唯斗はため息をついた後、さっき電源を落としたばかりのスマホを再起動させた。
ロックを解除すると同時にかかってきた電話に、わざと5コールくらい待ってから出る。すぐに出るのも何か言われそうだったからね。
「もしもし」
『遅かったね?夕奈ちゃんへのドキドキを隠す時間かなー?』
「さようなら」
『待って待って、切らないで!』
その慌てっぷりに免じて、仕方なくスマホのスピーカーの位置を耳に戻した。唯斗が眠そうに「用件は?」と聞くと、夕奈は「えっと……」と言葉に詰まる。
「用件もないのに電話してきたの?」
『……唯斗君、怒ってる?』
「怒ってるわけじゃないよ。ものすごく寝たいだけ」
『ごめんね、久しぶりに声聞きたくなったから』
唯斗は彼女の言葉と声色に、いつもの元気さが無いことに気がついた。初めこそいつも通りかと思えたが、どうやらわざとそう演じていただけらしい。
『迷惑だった……?』
もしかすると、閉じ込められている山はかなり環境が悪いんじゃないだろうか。赤点保持者の集まる場所だから、治安も悪いのかもしれない。
唯斗はそんなありもしない想像をすると、少しだけ夕奈のことが気の毒に思えてきた。少しくらいなら、声を聞かせてあげてもいいかもしれない。
きっと、赤点不保持者の声を聞いて、監禁生活によって荒んだ心を癒したい気分なだけだろうし。
『ごめんね、やっぱりやめ――――――』
「いや、いいよ」
『え?! 唯斗君、ついにデレ期到来か!』
「そういうんだったら断るけど?」
『ごめんなさい、本当に限界なんです……』
今にも泣き出しそうな声色に、唯斗はあくびをしながら「ていうか……」と呟いた。
「スマホ、取り上げられてるんじゃないの?」
『あー、使わなくなった方を渡して、こっちは隠し持ってたんだよね』
「なるほど」
彼が「夕奈にしては頭を使ったんだね」と言うと、「でしょー?」とドヤ感を含んだ声が返ってくる。ちょっとウザイ。
『あ、告げ口しないでよ? 夕奈ちゃん、これがないと死んじゃうから』
「それはフリ?」
『違うからね?! てか、本当に言わないで。勉強だけで残り一週間とか精神病むから』
「はいはい、聞かなかったことにしてあげるから」
『……ありがと』
うん、これは相当弱ってるね。あの歩く騒音機がここまで弱気になるなんて、絶対にただ事じゃない。
唯斗の頭の中には、ムチを片手に生徒たちを脅す担任教師の姿が浮かんでいた。「もっとテスト勉強すれば良かった……」と呟いて倒れていく者もいる。
「夕奈、残りも頑張って」
『……応援してくれるのかい?』
「夕奈が倒れたら、花音たちが悲しむでしょ?」
『そ、そうだよね。私頑張るよ!』
段々と元気を取り戻してきた彼女は、『ところで……』と何やらモゴモゴ言うと、少し間を置いてから囁くような声で聞いてきた。
『ゆ、唯斗君は?』
「僕がどうしたの」
『唯斗君は私に何かあったら悲しんでくれるのかなって……』
その質問に唯斗は、「悲しむわけない」と即答しようとしたが、彼の中の理性がそれを止めた。
夕奈は今、精神的に追い詰められているらしい。そんなところへいつものように突き放すことを言えば、それが引き金になって早まった行動に出てしまうかもしれない。
夕奈のために流す涙は持ち合わせていないが、花音たちが悲しむ理由を作りたいとは思わなかった。
唯斗は一度咳払いを挟むと、出来る限り自然体を意識して「悲しいよ」と答える。しかし……。
『棒読みすぎるよ! 絶対思ってないでしょ!』
「まあ、うん」
すぐに見破られてしまった。やっぱり、電話越しでも嘘をつくってのは難しいもんだね。
『……でも、ありがと。嘘でも嬉しかったよ』
夕奈は笑いながらそう言うと、『じゃあ、そろそろ寝るね』と話を終わりの方向へと向かわせた。時計を見てみれば時間もいい頃だ。
唯斗が「おやすみ」と言うと、電話の向こうからも『おやすみなさい』の声が返ってくる。
こちらから切るべきなのか分からなくて、お互いに無言でいる時間が10秒ほど流れた後、『またね』と言う声の直後にツーツーという音がスピーカーから流れた。
「……」
スマホの画面を切って机に置くと、唯斗はふと部屋の中がすごく静かなことに気がく。それは彼がこよなく愛する平穏そのものだ。
悪がいるから善はより良いものとされる。同じように騒がしさがあるから、静けさをより強く感じられる。
彼女は平穏という影を際立たせる光のような存在なのかもしれない。まあ、全方位から光をあびせてくるから、影を消滅させかけているけど。
「……たまに話すくらいがちょうどいいね」
唯斗はそう呟いて、ベッドへと横になった。
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