第45話 悪い夢ほど現実味がある

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「ねえねえー」

「……」

「ねえってばー!」

「……」


 唯斗ゆいとはいつも通り、睡眠の邪魔をしてくる夕奈ゆうなを無視していた。

 次第に大きくなっていく声と肩を揺らしてくる面倒臭さに限界を迎えた彼は、仕方なく応じてあげようと顔を上げる。

 ……しかし、その視線の先にあった光景に、唯斗は思わず「え?」という声を漏らした。


「ねえねえー!」

「連れないなぁ」

「夕奈ちゃんだお♪」


 右にも左にも前にも、気が付けば3人の夕奈に取り囲まれていたのだ。

 あまりにも恐ろしい光景に、この場から逃げるべく立ち上がろうとした唯斗は、イスが何かにぶつかる感覚で背筋が凍った。

 恐る恐る振り返ってみるとそこには……。


「こんな可愛い女の子から逃げるなんて、ありえなくない?」


 4人目の夕奈がいたのだ。歩く騒音機×4に取り囲まれた彼は、絶望のあまりクラクラと机に力なく倒れ、そのまま意識を失った。


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「……はっ?!」


 唯斗が目を覚ますと、そこはゲームセンターの中だった。さっきのは夢……いや、悪夢だったらしい。


小田原おだわら、ようやく起きたか」

「そんなに気持ちよかったの〜?」

「おはよ」


 いつの間にかみんな戻ってきていて、起こそうとしてくれていたらしい。さっきの声や体の揺れはそういうことだったんだね。


「汗かいてるじゃないか」

「ごめん、怖い夢見ちゃって」

「どんな夢だ?」

「夕奈にめちゃくちゃ話しかけられた」

「……それは災難だったな」


 瑞希みずきが差し出してくれるタオルハンカチを受け取った風花ふうかが、トントンと優しいタッチで汗を拭ってくれる。至れり尽くせりとはまさにこのことだ。


「風花、ごめんね。膝、借りっぱなしで」

「気にしないでいいよ〜♪」


 彼女は「なかなか楽しかったからね〜」と微笑むと、瑞希に向かってチラチラと視線を送った。


「な、なんだよ」

「瑞希もやってみたら〜?」

「私は別に……」

「なら、寝たい時は私に頼んでいいよ。暇な時ならいつでもしてあげるね〜」

「風花、お前何言ってるんだよ!」

「別にいいじゃんね〜♪」


 何やら顔を赤くする瑞希を前に、風花はケラケラと笑いながら唯斗の方を見る。


「おだっちもして欲しいよね〜?」

「たまにはいいかも」

「小田原、お前まで……」


 困惑する瑞希を見て何かを察したのだろう。花音かのんは彼女の肩をトントンと叩くと、ニコっと微笑んで見せた。


「唯斗さんの代わりに、私が膝枕されます!」

「いや、したいわけじゃないぞ?」

「私はされたいです!」

「もうカノの願望だよな?」

「はい!」


 清々しいまであるその宣言に、瑞希は思わず口角を上げると、「また今度してやるよ」と花音の頭を撫でた。この2人、やっぱり姉妹みたいだね。


「あっ!唯斗さんに渡すものがあるんでした!」

「渡すもの?」


 花音は大きく頷くと、カバンの中から手のひらサイズのキーホルダーをいくつか取り出す。どうやら全部ネコのぬいぐるみらしい。


「みなさんにはひとつずつあげたので、唯斗さんと天音あまねちゃんにもどうかと!」

「ありがとう、ネコ好きだから喜ぶと思うよ」

「えへへ♪良かったです!」


 彼女は手の上でネコたちを綺麗に整列させると、「どれがいいですかねぇ」と首を捻り始めた。


「上品なペルシャもいいですけど、かしこかわいいアメリカンショートヘアも捨てがたいですよね。あ、今ならイリオモテヤマネコも余ってますよ?」


 通販番組ばりにおすすめネコについて語る花音に、唯斗はほんの少し困りながら「じゃあ、天音にはこれで」と見た目の可愛い奴を適当に指差す。


「シャルトリューですね! そのお顔の特徴から、微笑み猫とも呼ばれているそうです!」

「そうなんだ。僕はこれにするよ」

「それは雑種ネコですね! 当たり前ですが、いちばん多いネコさんです!」

「へ、へえー」


 よほどネコが好きなのか、歩く騒音機スイッチがオンになってしまったらしい。

 唯斗からすれば、先程の悪夢の4分の1が正夢になったようなもので、今すぐにでも逃げ出したい気持ちである。

 ただ、物を貰う立場でそれは失礼だという理性が、彼をこの場に繋ぎ止めていた。


「ところで、ネコさんは雑種が多いのに、どうして人は純血の方が――――――――――――」


 その後の話はよく覚えていない。花音らしくない難しい話をされたような気もするが、はっきりとしているのは瑞希が彼女の口を塞いで止めてくれたことだけだ。


「……怖いね、人って」


 唯斗はネコを見つめながら、力なくそう呟いた。

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