第39話 見送りは場所に限らずしてもらえると嬉しい

 学校に到着する頃には、空もそれなりに明るくなっていて、校庭に止まっているバスもはっきりと見えた。

 既に山に監禁される人達は乗り込んでいたらしく、一行の姿を見つけた夕奈ゆうなは、先生に一言伝えてから飛び出してくる。


「みんな、見送りに来てくれたの?」

「おう、しばらくは会えないからな」


 そう言って笑う瑞希みずきに、夕奈は思いっきり抱きついた。それにつられるように他3人も夕奈を取り囲み、お互いをお互いで温め合う。

 ひとしきり抱きしめ合った後、夕奈はちらりと唯斗ゆいとの方へと視線を向けた。


「唯斗君もしたい?」

「やめとく」

「連れないなー!」


 よほど人肌の温もりが恋しいのか、断られた腹いせとばかりにべしべしと肩を叩く彼女。

 20発ほどでようやく満足したらしく、「そんな悲しい顔すな! 2週間後に会えるやろ?」と何故か関西弁で励ましてきた。

 ちなみに唯斗は悲しんでいるのではなく、早く行けと言いたい気持ちをグッと堪えているところである。でないと、アイスを奢って貰えなくなるから。


佐々木ささきさん、もう出発するわよ」

「はーい! それじゃ、行ってくるね!」


 先生に呼ばれ、手を振りながらバスへと戻っていく夕奈。最後列窓際の席から手を振ってくる彼女を、一行は「がんばれよー!」と声をかけながら見送る。

 校門を出てから左に曲がり、バスが見えなくなるまで見送った唯斗は、疲れを吐き出すようにため息をついた。

 もしもこれが最後の別れだったのなら、少しは寂しいと思ったかもしれないが……。


「山ってあそこに見えてるやつだったか?」

「確かここから3キロだよね〜」

「近いな」


 徒歩でも行けなくないような距離だから、唯斗からすれば寂しさを感じないどころか、もっと遠くにいけとさえ思う。

 まあ、校長が代々受け継いできた山らしいから、場所に文句を言っても仕方ないとは思うけど。


「それでも、2週間会えないとなると寂しいです。スマホも取り上げられちゃうみたいですし……」

「まあ、勉強しなかった夕奈が悪いわけだしな」


 瑞希はそう言って花音かのんの頭を撫でると、「代わりに私たちが楽しんでやろうな!」と笑った。


「はい!めいっぱい楽しみます!」

「それじゃ、とりあえず遊びに行く予定立てないとだな」

「スポ〇チャも行きたいわ〜♪」

「それな」


 女子4人がワチャワチャと夏休みの計画を立てていくのを、唯斗は少し離れたところから眺める。早くアイスを食べたいけど、邪魔するのも悪い気がするし。

 そう言えば、夏休みなのに制服で行って大丈夫なんだろうか。寄り道なんかをしたことがない彼にとって、そこは少し心配ポイントなのである。


「じゃあ、明後日5人でボーリングだな!」

「……ん?」


 気付けば瑞希の目がこちらを向いていた。唯斗はこの場にいる人数を数えてみてから、「いやいや」と首を横に振る。


「4人の間違いだよ」

「何で小田原おだわらを抜くんだよ」

「一緒に行くよね〜♪」

「不可避」


 すぐに訂正してみるも、彼女らの中では5人が正しいらしい。目に見えない人間が紛れ込んでいるとも思えなかった。

 唯斗はようやく自分も数えられていることに気がつくと、再度首を横に振る。


「僕は家でのんびり……」

「親睦会だ、断るなんて許さないぞ?」

「拒否権ないよ〜♪」

「それな」


 どうやら行かないという選択肢はないらしい。唯斗は最後の頼みとばかりに花音の方を見るも、「お迎えに行きますね!」とキラキラした笑顔を見せられてしまった。


「……わかった、行くよ」


 どうせ居留守を使っても、この4人は今日のように2階までやってくる。

 そうでなくても花音は既に天音あまねの師匠だ。妹が家にいる時間なら家に上がることは容易いだろう。

 そうなるともう逃げ場は残されていない。遅かれ早かれ、最終的には連れ出されてしまうのだ。

 それなら、降参した方が無駄な体力を使わずに済む。そう判断した唯斗は、大人しくメンバーに数えられることにしたのだった。


「明後日、楽しみですね!」


 さすがの唯斗も、この純粋な笑顔を無慈悲に壊すような真似はできないのである。

 彼は霞んでいく平穏の文字を思い浮かべながら、風の音で消えそうなほど小さな声で答えた。


「……まあ、うん」

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