第40話 優しさは強し

 2日後、花音かのんは宣言通り、唯斗ゆいとの家まで迎えに来た。

 彼は前日の夜に、醤油をそのまま飲んで熱を出そうとしたり、冷水を浴びてダウンしようとしたものの、目覚ましの音で目を覚ましてすぐ自分の体の健康さを恨んだ。


「さあ、行きましょう!」


 玄関で楽しそうに飛び跳ねる花音。唯斗は最後の抵抗とばかりに目の前でうずくまり、「お腹が……」と言ってみた。


「お腹空いたんですか? 食いしん坊ですね♪」

「そっちじゃないよ……」

「はっ?! もしかして痛いんですか?」


 「どうすれば……」と慌てふためいた花音が、「救急車呼びますね!」とスマホを取り出したところで、唯斗は演技を諦めてすくっと立ち上がる。


「もう治った、行こう」

「え、でも……」


 心配そうに眉をひそめる彼女の手を引いて、「行ってきます」と声をかけてから玄関を閉める。

 さすがに病院の人に迷惑をかけるわけにもいかないからね。演技するのも意外と疲れるし。


「痛くなったらすぐに言ってくださいね?」

「うん、ありがとう」


 花音の優しさに負けた唯斗であった。


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 今回迎えに来たのは花音だけで、他3人は現地集合。既に到着していた彼女らに謝って、「気にするな、今来たところだ」という言葉をもらってみんなで建物に入る。


「でも瑞希みずきちゃん、30分前に着いたって連絡してくれましたよね?」

「そ、そういうのは言わないもんだろ」

「あぅ、ごめんなさいぃ……」


 そんな微笑ましいやり取りをしつつ、エスカレーターでは上がれないので仕方なくエレベーターに乗る。

 その間、風花ふうかは「可愛い赤ちゃんですね〜♪」と、見知らぬ赤子連れに話しかけたりしていた。

 唯斗からすれば、偶然会った赤の他人に話しかけるなど、王族の前で江〇2:50のモノマネを披露するのと同じくらい難しいことである。

 それ以上に面倒だから、知り合いだとしても気付かないフリをするけど。


「色々あるみたいだけど、とりあえずボーリングからでいいよな」


 瑞希が各階にある施設一覧を眺めながら言うと、女子3人は揃って頷き、唯斗も「なんでもいいかな」と首を縦に振った。

 受付のある階に止まると、花音が開くボタンを押して「お先にどうぞ!」と言ってくれる。こういう時、ちょっとほっこりするよね。


「意外と空いてるな」

「すぐ入れそうね〜」

「それな」


 受付票の記入は風花がさっと終わらせてくれた。どうやら隣同士のレーンではあるものの、人数の関係で3人と2人に分かれるらしい。


「どういう分け方にしたんだ?」

「カノちゃんとおだっちが2人側だよ〜♪」


 風花の答えに「うーん」と唸った瑞希は、唯斗と花音を交互に見てさらに首を捻った。


小田原おだわらって、ボーリングは得意か?」

「スポーツが苦手」

「そ、そうか」


 彼女は苦笑いを浮かべると、風花の方を振り返りながら言う。


「……悲惨なことになりそうじゃないか?」

「あ、確かに〜」

「わかる」


 『悲惨なこと』というのが何かは唯斗には分からないが、受付を終わらせてから変更してもらうのも手間がかかる。

 結果的には「何とかなるだろ」と結論付けて、それぞれ自分に合うサイズのシューズを片手に、一行は指定されたレーンへと向かったのだった。


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 その道中のエスカレーターで、唯斗がこまるのシューズをじっと見ていると、彼女は「なに?」と不思議そうに首を傾げた。


「それ、何cm?」

「バカにしてんの?」

「違うよ。可愛い大きさだと思って」

「……あっそ」


 彼女は質問には答えず、ぷいっとそっぽを向いてしまった。どうやら身長だけでなく、靴のサイズの話題もNGだったらしい。


「僕は小さくてもいいと思うんだけどね」

「私は嫌」

「どうして?」

「……」


 少し答えるのを躊躇ったこまるは、唯斗にしゃがめと合図すると、そっと耳元に口を寄せた。と次の瞬間、彼の耳にふーっと生温かい風が吹きかけられる。

 驚いて顔を上げてみると、こまるは相変わらず無表情なものの、どこかしてやったりという顔をしているようにも見えた。


「ひみつ」


 たった一言そう言って、彼女はいつものように手元のスマホに視線を落とす。

 そんな姿をボーッと眺めていた唯斗は、息をかけられた耳を抑えると、『なんのためにしゃがませたんだろうか』と首を捻るのであった。

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