第34話 遊びはいつでも全力で

「ん……あれ……?」


 唯斗ゆいとが目を覚ますと、部屋は既に夕日の色に染っていた。少し眠るだけのつもりが、熟睡してしまっていたらしい。


天音あまね夕奈ゆうなたちは――――――――」


 体を起こした彼は、ソファの端に座っている妹にそう聞こうとしてやっぱりやめる。起きているのかと思ったが、遊び疲れたのか眠ってしまっていた。


「師匠ぉ……もう1回……むにゃむにゃ……」


 幸せそうな寝顔で寝言を言う天音に、唯斗はそっと毛布をかけてあげる。面倒なことNG主義の彼も、妹の世話をすることくらいは嫌じゃなかった。

 最近は昔のように甘えてくれなくなったけど、笑った顔はいつ見ても変わらず可愛らしい。


「僕が天音の遊びに付き合ってあげられたら良かったんだけど」


 天音は遊ぶことに関して体力の上限がない。それに引替え、唯斗はすぐに疲れてしまうし飽きてしまう。

 昔のように一緒に遊んだとしても、きっと長くは持たないだろう。だから、唯斗が高校生になってからは2人でゲームをすることも格段に少なくなった。


「たまには、夕奈たちに来てもらうのもいいかもね」


 そっと天音の前髪を撫でながら、呟くように言葉をこぼす。自分が遊んであげられない分を代わりに……というのはおかしいかもしれない。

 でも、楽しそうな妹を見られるのは、唯斗にとっても嬉しい事だったから。


「おやすみ、天音」


 彼女の体を優しく支えながらソファの上で横にしてから、彼は音を立てないようにそっとリビングを出ていった。


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 翌日、唯斗が食べ終わった弁当をカバンにしまっていると、肩をとんとんと叩かれた。


「なに?」

「ご、ごめんなさい!話しかけちゃダメでしたか……?」

「あ、ごめん。夕奈かと思ったから」


 これから寝ようと思っていたこともあって、花音かのんに対して少し不機嫌な返事をしてしまった。


「私だったらそんな返事でもいいんだ?」

「うわ、居たんだ」

「ずっと隣にいたよね?ていうか、私たち毎日ここで唯斗君と一緒にご飯食べてるよね?」


 花音の後方、隣の席から顔を覗かせてくる夕奈を見て「げっ」と表情を歪める。

 彼女がいるなら話は別だ。唯斗は「一緒の記憶はないけど」とだけ答えると、さっさとお弁当を片付けて素早く机に突っ伏す。


「夕奈、小田原おだわら眠そうにしてるぞ」

「そっとしといてあげようよ〜♪」

「それな」


 3人の援護に内心感謝しつつ、意識の対象を机くんの温もりへとチェンジした。が、夕奈は持ち前のしつこさを発揮して花音の横までやってくると、唯斗の肩をガシッと掴んで激しく揺らし始める。


「ねえ、唯斗君も腕相撲しようよー!」


 ガタガタと机ごと揺れ、ハッと目を覚ます唯斗。既に半分眠りについていたから、地震に巻き込まれた夢を見てしまった……。


「ほら、起きた!唯斗君も腕相撲しよ?」

「……ウデズ・モウ?」


 どこの外国人だろうか。寝ぼけて混乱していた彼は、「手の甲がついたら負けね」と右手を握られてようやく理解する。

 「面倒だからやだよ」と言って断ろうとするも、夕奈は意外と強い力でがっしりと掴んで離してくれなかった。


「夕奈ちゃんに勝てたら解放してやってもよいぞよ」

「……わかった、じゃあやろう」


 ありもしないヒゲを触る仕草がどことなくウザイが、そういうことなら変にゴネるよりはさっさと終わらせてしまう方が早い。

 唯斗は手をしっかりと握り直すと、何故かニヤついている夕奈に向かって「いいよ」と頷いて見せた。


「夕奈ちゃんは強いからねー♪」

「いいから早く初めて」

「なっ……仕方ない。カノちゃん、合図よろしく!」

「は、はい!」


 任された花音が握り合われた手に上から手を重ね、「レディ……ファイト!」の声と同時にぴょんと後ろに飛び退く。

 その瞬後とも言えるほど間もなく、4人に見守られながら行われたこの勝負は、圧倒的大差で決着がついた。


「それじゃ、寝てもいいよね?」

「あ、うん……」


 唯斗は睡眠欲が異常なまでに強い。その権利が賭けられたのなら、普段の数倍の力でも出せてしまうほどに。


「小田原って見た目より力あるんだな」

「ギャップ萌えしちゃうかも〜♪」

「わかる」

「羨ましいです」


 4人から熱い視線を送られているとはつゆ知らず、唯斗は負けた状態のままポカンとしている夕奈の目の前で、ゆっくりと眠りに落ちていった。

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