第33話 それぞれの得意なこと

「おりゃ!とりゃ!てい!」

「……」


 夕奈ゆうなVS天音あまねの対戦。画面を見る限りは、天音の防戦一方に見える。

 しかし、彼女の実際のダメージはゼロ。全ての攻撃をジャストタイミングでガードしているのだ。

 やたら口で効果音を付けたがる夕奈もそれを理解しているのか、タイミングをずらしたりフェイントを入れたりしているものの、どの攻撃も全て弾かれている。


「こんにゃろぉぉぉ!」


 上手くいかないことに対する怒りのパワーで、夕奈のボタン操作スピードが一段階早くなった。しかし、それでも天音のガードは破れない。

 だが、このままでは勝負はタイムアウトで引き分けになってしまう。唯斗ゆいとがそう思った瞬間、限界を迎えた夕奈の親指がほんの一瞬操作ミスをする。

 すぐに立て直そうとするも、彼女の思考が追いつく前に天音の操作するキャラの攻撃は目前まで迫っていた。そして……。


「くっそぉぉぉぉぉぉ!」

「師匠に勝ったぁ!」


 床に拳を叩きつけて悔しがる女子高生と、飛び跳ねて喜ぶ女子小学生。傍から見れば滑稽な絵面である。


「私のヨッピーが……ヨッピーがぁ……」


 画面に映る緑色の恐竜に泣きながら頬ずりする夕奈を見て、唯斗はどれほどヨッピーが好きなんだろうかと思うと同時に、後で拭いておこうと心の中で頷いた。


「夕奈って、小学生に圧勝されるレベルで下手だったんだね」

「ふ、ふん!手加減してやっただけやし!」

「へぇ、それを言わなければ大人だったのに」

「な、なんとでも言えばいいさ!全く悔しくなんてないもんねー!」

「えへへ、マシュブラでは私が師匠だよ♪」

「ぐぬぬ……女児のくせに……」

「すごい効いてるじゃん」


 嬉しそうに喜ぶ妹と、恨めしそうに見つめる女子高生。うん、ものすごく大人気ないね。


「次はカノちゃんさん!ほら、コントローラー持って!」

「は、はい!よろしくお願いします!」


 ぺこりとお辞儀をしてから、夕奈と場所を入れ替わった彼女は、たっぷりと悩みながらキャラを選択すると、ステージはおまかせでゲーム開始。


「あの様子じゃ、カノちゃんもすぐ負けちゃうね」


 まだ不貞腐れているのか、夕奈はそんなことを呟きながら画面をじっと見つめる。唯斗が「大人になりなよ」と言ったら、脇腹に肘をグリグリされた。


「ガード、上手いですね」

「こればっかり練習したの!」


 天音は相変わらず防戦しながら隙を狙う戦法。花音かのんはと言うと、キャラの操作方法を覚えようとしているのか、色々な攻撃をしていた。


「そろそろ本気出してもいい?」

「いいですよ」


 本気宣言をした天音はガードスタイルを解除すると、花音の操作するキャラに飛びかかる。

 この攻撃は横回転で回避したものの、すぐさま横蹴りが飛んできて、花音へダメージが入った。


「なるほど、技を組み合わせたんですね」

「コンボの組み方も練習したんだぁ♪」


 天音はそう言いながら、横蹴りからの上攻撃で跳ね上げた花音のキャラを、空中での下段蹴りで地面に叩きつける。

 唯斗はその様子を見ながら、母さんに言われている『ゲームは1日1時間』という約束を守らないだけの実力はあるなと感心した。


「私もやってみていいですか?」

「できるならどんどんやっていいよ!」

「じゃあ、行きますね」


 今度は花音が攻撃側に回る。飛び上がって下攻撃で衝撃波攻撃をすると、後方にローリングした天音を追いかけるように横蹴り。

 ギリギリ届かないかと思われたものの、すぐに掴みに変更してしっかりとダメージを与える。

 その操作の正確さと素早さは、夕奈も「おお……」と声を漏らした後、「す、すごいとか思ってないし!」と誤魔化すほど。


「カノちゃんさん、初めてにしてはやるね」

「ゲーム自体は初めてじゃないですよ。このキャラを使うのは初めてですけど……」


 花音は話しながらも攻撃を続け、危ないと察した天音はガードスタイルへと戻る。しかし、あまりの攻撃の速さに彼女は目を丸くした。


「が、ガードを解く隙がない……」

「攻撃のフレーム数を確認する時間をもらえたので、天音ちゃん特化型の戦闘スタイルを考えられました♪」


 フレーム、それはゲームにおけるモーションにかかる時間を表す単位ようなもの。

 攻撃にはそれぞれ決まったフレーム数があり、そこを上手く組み合わせることでコンボが発動できる。

 花音はほんの少し触っただけで、初使用のキャラのフレーム数とコンボを全て頭に入れたのだ。


「ああっ、ガードが……」


 このゲームにおいて、ある程度の間隔内にガードできる合計時間は決められている。

 夕奈戦の時は一度のガードを最短にしていたため、時間の消費を押さえてガード時間の回復と並行させていた。

 しかし、常に攻撃が当たっている状態では、一瞬でもガードを解けばダメージを受けてしまう。

 相手が弱いなら攻撃を避けてしまえばいいだけだった。だが、天音はもう理解している。自分では花音には絶対に敵わないということを。


「うう、負けたぁ……」

「勝ちました♪」


 ガードが弾けると共にコンボに巻き込まれた天音のキャラは、そのままダメージを蓄積されて画面外へと吹き飛んでいった。

 敗者は画面に映る価値もないと放り出されてしまう。現実社会の闇もびっくりな恐ろしいゲームである。


「天音、あんまり落ち込まずに……」


 唯斗は気を遣って声をかけようとしたが、天音の表情を見てやっぱりやめた。彼女は悔しがってはいるものの、楽しそうに笑っていたのだ。


「カノちゃんさん、師匠と呼ばせてください!」

「わ、私でよければ……」

「師匠、もう一回やろ!」

「はい!お気に入りのキャラを使ってもいいですか?」

「師匠の本気が見れるの?楽しみ!」


 わちゃわちゃと賑やかに第二戦を始める2人。その様子を眺めていた唯斗は、隣に座る夕奈の方をちらりと見た。


「し、師匠は私じゃ……」

「降ろされちゃったね」

「くそぉぉぉぉっ!」


 ソファをペシペシと何度か叩いた彼女は、お茶を一気に飲み干してからバッと立ち上がり、「帰る!」と扉に向かって歩き出す。


「夕奈ちゃん、どこ行くの?」

「私の任期は終わった、新しい師匠に遊んでもらえばいいさ!」

「ええ、何言ってるの?」


 天音はクスクスと笑いながら夕奈のところまで近付くと、3つ目のコントローラーを手渡しながらニコッと笑う。


「夕奈師匠は、運動の師匠だよ♪人は人、得意なこともそれぞれでいいんじゃない?」

「あ、天音ちゃぁぁぁぁん!」

「よしよし。じゃあ、一緒にゲームしよ」

「するー!」


 天音のおかげで元気を取り戻した夕奈は、飛び跳ねるようにして花音の隣に座る。

 そんな3人の背中を順番に見た後、唯斗は眠くなってきた体をソファへ横にした。


(母さん、僕は不思議です。どうすればあなたからこんなにも良くできた妹が生まれるのかが……)


 うつらうつらする意識の中で、彼はそう呟いた。


 その後、何度やっても花音には勝てず、不貞腐れた夕奈は最強レベルのNPC2体を仲間に挑んだものの、一撃も与えられずに負けたらしい。

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