第35話 夕奈応援団

 とある日の朝、教室にて。


「なあ、風花ふうか

「なぁに〜?」

夕奈ゆうな小田原おだわらって、どう思う?」


 瑞希みずきの言葉に風花は「うーん」と少し悩んだ後、「水と油かな〜」と呟く。

 教室の中央辺りに座って、後方窓際で何やらやり取り……というか一方的に話しかけている姿を眺めながら、2人は小さくため息をこぼした。


「夕奈のあれって、絶対小田原のこと好きだよな」

「好きじゃなきゃあんなに絡まないよ〜」

「それな」

「マルもそう思うか」


 ずっとスマホをいじっていたこまるも、一瞬だけ視線を夕奈たちの方へ向けると、再度画面へ目を落とす。


「入学してすぐ、『小田原って人の連絡先知らない?』って聞かれた。あれは多分一目惚れ」

「なるほど、だから告白も全部断って……」

「そういうことだったんだね〜♪」

「いえす」


 一つの謎が解けて満足気に頷き合った3人だが、奮闘する夕奈を見ると揃ってため息をこぼしてしまった。


「ねえ、なんで勉強してるの?」

「……」

「無視は酷くない?夕奈ちゃん、もう泣くからね!」

「……」

「いいのか?本当に泣くよ?」

「うるさい」


 無視されっぱなしで、ましてや邪魔者扱い。心を開きかけている時期もあったみたいだが、あのペースで話しかけられたら、彼のようなタイプが閉ざしてしまうのも無理はない。


「私たちがサポートしてやるか」

「影から応援かな〜」

「りょ」


 密かにそんな同盟を組んだ3人の元へ、不思議そうな顔をした花音かのんがやってきた。


「みなさん、こそこそしてどうしたんですか?」

「よし、とりあえずカノはあの二人に混ざってこい」

「わ、私がですか?! 悪いですよぉ……」

「とりあえず、小田原にまともに返事させるんだ」

「ふぇぇ、わかりましたぁ……」


 言われるがまま、トコトコと教室後方へと歩いていく花音。その背中を見つめ続けながら、エールを送る3人。


「こういうのはカノが一番最適なんだよな」

「口下手だけど、一生懸命だからね〜♪」

「わかる」


 4人それぞれがバラバラの性格。だからこそ、最適なサポートの仕方が見つかりやすいという利点がある。


「私たちは夕奈が居たから集まれてるんだもんな」

「そうじゃなかったら、性格的にも絶対合わなかったもんね〜」

「それな」


 瑞希が「すごいやつだよ、全く」と呟くと、他の2人は何も言わずにただ頷いて見せた。


「その夕奈をあそこまで惹きつける小田原も相当だけどな」

「どこを好きになったんだろうね〜♪」

「雰囲気?」


 こまるの呟きに、瑞希と風花は「ああ、わかる」と無意識に同意の言葉をこぼす。

 彼女らにとって、唯斗のようなダラーっとしたやる気のなさそうなタイプは、母性本能をくすぐられるようだ。


「青春してる感じ、羨ましいな」

「あれ〜?瑞希ちゃんも彼氏欲しいの〜?」

「おう、夕奈を見てると幸せそうだからな」

「わかる」


 風花が「彼氏、降ってこないかな〜♪」と呟くと、「それはそれで危ないだろ」と瑞希が笑った。

 降ってきたとしたら、それは異世界から来たか人間じゃないパターンか、もしくはギャングの子供だろう。

 3人は『出来ればこの世界の人間で、なおかつ普通の人がいいな』なんて思いながら、再び夕奈の方を振り向くと、その光景に思わず言葉を失った。


「夕奈、邪魔なんだけど」

「わ、私のせいじゃ……」


 何故か、夕奈が唯斗に抱きついていたのだ。しかし、お互い仲良くなったという感じでもないし、あの唯斗がこの短時間で簡単に心を開くはずがない。

 そう思って視線をずらしてみれば、花音が「仲良しです!」と達成感と言わんばかりの表情をしているのが見えた。

 おそらく、彼女が夕奈の背中を押したりでもしたのだろう。物理的に。

 瑞希はすぐに駆け寄ると、夕奈の襟首を掴んで唯斗から離れさせ、花音をひょいと抱えて元の場所へと戻った。


「わ、私、何か間違えちゃいましたか?!」

「間違えたも何も、さすがにあれはないだろ……」

「ご、ごめんなさい……」


 うるうると涙目になる花音を仕方ないなと抱き寄せ、よしよしと頭を撫でて慰めてあげる。カノはこれでも頑張ったんだ、言いすぎるのは良くなかったよな。


「次は上手くできるようにします!」


 瑞希は元気を取り戻した花音に「おう」と頷いて、唯斗と夕奈の方を見る。先程のトラブルがあったからか、2人はしっかり会話をしていた。

 唯斗が相変わらず面倒くさそうなのは仕方ないとして、夕奈の方はどことなく嬉しそうだからな。


「まあ、ギリギリ合格ってとこか」


 カノなりのやり方ってことにしておこう。

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