第24話 優しさへの優しさ

「そう言えば、子供の時にエスカレーターに挟まれる夢を見て泣いたことあったなー」

「へぇ」

「そのまま裏側の世界に引き込まれて、暗闇で過ごすって夢なんだけどね」

「へぇ」

「……興味ある?」

「全く」


 唯斗ゆいとの返事に、夕奈ゆうなは深いため息をついた。

 現在、この場にいるのは2人だけ。他の4人は御手洗に行っているからだ。こういう時間は、大人数で遊びに行くと必ず生まれるものだから仕方がない。

 ただ、唯斗が抱いているのは、どうして夕奈だけが残ったんだという不満だけだ。

 他に一人でもいれば、会話の対象をそちらへ移せたと言うのに。


「唯斗君って、私にだけ冷たいよね」

「そう?普通だと思うけど」

「なんて言うか、避けられてる感じ」

「そりゃ、騒がしいからね」

「やっぱりそうなのかぁ」


 瑞希みずき達が言っていた通りだと、夕奈は心の中で肩を落とす。そして、試しにという気持ちで聞いてみた。


「もし、私が静かになったら、優しくしてくれる?」

「ありえないと思うけど、それなら避けたりはしないよ。僕は平穏に過ごしたいだけだから」

「……そっか、わかった」


 夕奈はそう言うと、「私もお花摘んでくる」と言ってトイレの方へと走っていった。急いでそうなところを見るに、話している間も我慢していたのかもしれない。


小田原おだわら、みんなまだ戻ってきてないか」

「夕奈が今行ったよ」

「そう言えば、入口のところですれ違ったな」


 初めに戻ってきた瑞希が、何やら意味深な目をして頷いた。それから、「失礼するぞ」と断りを入れてから唯斗の隣へと腰かける。


「小田原ってさ、夕奈のこと嫌いなのか?」

「別に嫌いじゃないよ。合わないなって思ってるだけ」

「そうか。私にもそういうやつはいるし、こんなこというのもなんだが……歩み寄ることは出来ないのか?」

「僕から夕奈にってこと?」

「ああ、あいつはなんだかんだ良いやつだ。私もよくつるむようになってからそれを知った」

「いい人だって言うのはわかる、カイロくれたし」

「……随分と安上がりだな」


 唯斗は夕奈も似たようなこと言ってたなぁなんて思い出しながら、こちらに向かって歩いてくる風花ふうかを見つけた。


「なんの話してるの〜?」

「小田原に夕奈と仲良くしてやってくれって頼んでるところだ」

「それは私も同じ気持ちかな〜♪夕奈ちゃん、口は騒がしいけどいい子だよ〜?」


 この二人が言うなら、本当に仲良くすれば良さが分かるのだろう。しかし、問題はそれまで唯斗の体力が持つかどうかだ。

 定期的に睡眠という充電期間を設けなければ、唯斗の方が限界を迎えて終わることになるかもしれない。


「まあ、考えておくよ」

「ありがとうな」

「ありがと〜♪」


 ただ、夕奈の友達はみんな優しいということはわかった。ちゃんと夕奈のことを思って行動してあげているし、本人がそれに気がついているのかは分からないけれど、すごく幸せな事だと思う。


「それにしても、2人とも花音かのんと同じようなこと言うんだね」

「ん?カノが何か言ってたのか?」

「この前、放課後に僕と夕奈を仲良しにするって言ってきたよ」


 唯斗の言葉を聞いた2人は、「そういうことか」「なるほどね〜」と頷き合うと、お互いにケラケラと笑った。


「花音のやつ、勘違いさせやがって」

「優しいのに口下手なんだから〜♪」


 彼女らは唯斗に少し待っててと伝えると、再度どこかへと歩いていってしまう。

 これでまた静かな時間が訪れる……と思った矢先、反対側から誰かがやってきた。


「……」

「夕奈?」


 一瞬不審者が現れたのかと思ったが、よく見たら安っぽいサングラスをかけた夕奈だ。値札がついている、100円ショップで買ってきたらしい。


「……」

「……」


 なるほど、静かにすれば避けないと言ったから、ハンターの真似でもして静かにしてくれているんだね。

 唯斗はウンウンと頷くと、これはいいとばかりにベンチの背もたれに背中を預けて瞼を下ろした。これで少しの間だけでも眠気に浸れる……。


「あの、つっこんでくれないとやめれないんですけど……」

「すぅ……すぅ……」

「あれ、もう寝てる?」


 その後、他のみんなが戻ってきてツッコミを入れてくれるまで、夕奈は通行人からクスクスと笑われる羽目になったらしい。

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