第10話 図書館ではお静かに

 学校最寄り駅前の広場にて。


「ごめん、遅くなった」

「……来ないかと思ったよ」

「妹に捕まっちゃったんだ」


 唯斗ゆいとはそう言いながら夕奈ゆうなの隣に並ぶ。今日は土曜日、つまり約束の勉強をする日だ。


「じゃあ行こっか」

「りょ」


 2人は頷き合うと、図書館へと足を向ける。その道のりでは珍しく夕奈が静かだった。

 静かなら静かで嬉しくはあるけれど、逆にいつもうるさいはずの人がここまで静かだと、別の理由を探したくもなってしまう。


「勉強するの、そんなに憂鬱?」

「え?いや、そういう訳じゃ……」

「ちゃんとシャーペンと消しゴム持ってきた?」

「あたりまえよ!私を誰だと思ってるんだい!」

「普通の夕奈」

「……普通の"かわいい"夕奈ちゃんだから」

「それ、自分で言うんだ」

「あたぼーよ」


 唯斗が「まあ、どっちでもいいけど」と言うと、夕奈は「もう少しレスポンスしてくれて良くない?」と不満をこぼした。

 彼にとってはこれはただ勉強のために来ただけで、娯楽のために来た訳では無い。さっさと図書館へ行って静かになって欲しいとすら思っている。

 だから、時折伺うように話しかけてくる夕奈を無視し、最終的には嫌がる彼女を無理矢理図書館へと引きずって行った。

 これは全て、駅前のシュークリームという報酬のため。家から出るという労力を払った以上、それを手に入れるまでは帰れないのだ。


「分からないところがあったら教えて」

「せんせー!わからないところがわからないです!」

「じゃあ、幼稚園からやり直して」

「見捨てないでぇぇぇ!」


 夕奈のせいで周りから白い目で見られる。僕は「ちょっとまってて」と告げて立ち上がると、司書さんにお願いして本をまとめる時に使うビニール製のロープとガムテープを貰ってきた。


「そ、それで何するつもり……?」

「何されると思う?」

「まさか誘拐?!」

「こんなうるさいの、さらった方が負けだよ」

「どういう意味だよおら」


 頬を膨らませる夕奈に「黙ってて」と言いながら口にテープをペタリ。これでもううるさくはならない。

 けれど、これでは彼女自身で自由になれてしまう。それを防ぐためのロープだ。


「んーんー!」

「周りの人のためだから。たまには世のためになってよ」

「んぅ……」


 手を拘束されて諦めたのか、夕奈はしゅんと静かになってくれる。唯斗はそれを眺めると満足そうに頷いて勉強を再開した。


「んー」

「分からないところがあるの?」

「んーんー」フリフリ

「違う?もっとはっきり言ってよ」

「……」


 夕奈は思った。おまえのせいやろがい、と。しかし、ここで喚いても余計にうるさいと思われるだけ。

 夕奈ちゃんは賢い、だからここで女の武器を使って自由を得るのだ!


「……」ウルウル

「……反省した?」

「んー」コクコク

「そっか、じゃあ自由にしてあげる」


 よし!これで手が使えるようになって唯斗君に仕返しが―――――――――――って。


「ほら、これでやっと何言ってたのかわかるよ」

「……そっちちゃうわ!」


 どうしてガムテープだけ?!普通、手の拘束も解除するよね?それなのに、どうしてそんな満足そうな顔してるの?!

 あ、もしかして唯斗君ってドS?私をいじめて楽しんでるんだな?ふっ、そんなことで夕奈ちゃんは屈しない!


「じゃあ勉強頑張って」

「お願いします、ロープも解いてください」

「なら、もううるさくしない?」

「絶対しない。真面目に勉強するからぁ……」


 夕奈のしょんぼりとした顔を見た唯斗は、仕方なく言われた通りにしてあげる。が、自由の身になった途端、その口元がニヤリと歪んだ。


「ふふふ、夕奈ちゃんの演技に引っかかるとは、唯斗君も詰めが甘い!」

「夕奈、静かにした方がいいよ」

「今更、そんな忠告など聞かぬ!」

「いや、本当に。だって……司書さんが睨んでるよ」

「…………へ?」


 その後、夕奈は図書館の奥にある個室で1時間説教されたらしい。

 おかげで唯斗の勉強はすごく捗ったとさ。

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