第9話 はじめの第一歩はいつも緊張する

 唯斗ゆいとと連絡先を交換した日。

 夕飯を食べてお風呂に入った夕奈ゆうなは、髪を乾かしながらスマホの画面を見て悩んでいた。


「こういうのは一言目が大事なんだよね……」


 そこに映っているのは、まだ何もやり取りがされていない唯斗とのトーク画面。

 出来れば学校でない場所でも話ができるように、返信がしやすそうな内容から入りたい、と夕奈は考えていた。

 しかし、相応しい一言がなかなか見つからない。というか、何を送っても適当な返事しか返ってこない気がする。


「なら、夕奈さんいっその事思い切っちゃいましょうかね……」


 そう呟いて自撮りをパシャリ。加工はなるべく抑えて……うん、可愛い。

 それをメッセージ欄に貼り付けて、『お風呂上がりだよー♪』という文章を付け加えてから、やっぱりやめた。

 一言目から写真付きとか、どこぞのビッチやねん。おまけに髪が濡れてる状態、緩めの服だから胸元だってちと見えちょる。

 こんなの送り付けられたら、思春期の男の子は深読みしちゃうよ。……されてもいいけどね。

 夕奈は「いやいや」と首を横に振って、これまでの血迷った思考をリセットした。

 こういう時は、『こんばんちゃー!』くらいでいいんだよ。うん、それにしよう。

 そう心の中で頷いて、写真と文章を削除しようとしたその時。


「何難しい顔してるのかな?」

「ひぇっ……お、お姉ちゃん?!」


 夕奈の姉である陽葵ひまりが画面を覗き込んできた。

 ドライヤーの音で足音も聞こえなかったし、気配だってしなかった。そのせいで余計に驚いてしまった夕奈は、反射的に画面をポチリ。


「……あっ」

「ん?どうかした?」

「…………」


 先程まで何も無かったはずのトーク画面に増えたそれを見て、夕奈は思わず頭を抱えた。


「お、お姉ちゃんのせいで送っちゃったじゃんか!」

「えぇー。でも、送るつもりだったんでしょう?」

「やっぱりやめようと思ってたの!」

「せっかく可愛い写真撮ったんだから、好きな人には見せてあげないともったいないよ!」

「べ、別に好きとかじゃないし!隣の席だから構ってあげてるだけだし!……てか、画面見るなし!」


 夕奈はスマホを背中にサッと隠すが、「お姉ちゃんだからいいでしょー!」とじゃれつくように奪おうとしてくる。

 その魔の手を振りほどき、何とか洗面所を飛び出した夕奈は、自分の部屋へ駆け込んで鍵を閉めてしまう。これでここは安地だ。

 ホッとため息をついてベッドに腰かけるのと同時に、手の中でスマホが振るえる。さては、夕奈ちゃんの可愛さに思わず秒で返信しちゃったんだな?

 ワクワクドキドキしつつ画面に目を落とした彼女は、思わずスマホをベッドの上に叩きつけてしまった。


『夕奈って意外とだらしないんだね』


 これなら適当に『うん』で良かったよ!何普通にダメ出ししちゃってくれてんの?! てか、髪のことか?胸元のことか?どっちにしても男子ならときめけよ!


「落ち着くのよ、私。実は気付いてるけど、平静を装ってるだけに決まってるから」


 ほら、またメッセージが来た。きっと夕奈ちゃんの可愛さを伝えずには居られなく―――――――。


『あと、化粧してないと結構変わるんだね』


「大阪湾に沈めたろかぁ?!」

「夕奈ちゃん、静かにしなさい!」

「ご、ごめんなさい……って、お姉ちゃんどうって入ってきたの?!」

「この部屋の合鍵はもう作ってあるから」

「やめてくれない?!」


 陽葵が見せびらかすように差し出してくる合鍵を夕奈が奪い取ると、「あと20個は予備を作ってあるから」とポケットからもう一本。

 安置が崩落した瞬間である。


「もうダメだぁぁぁ……」

「新しいメッセージが来てるわよ。見なくていいの?」

「もう見たくない。どうせ『風邪引くよ』とかでしょ」

「夕奈ちゃんがこの子のことをどう思ってるのは分からないけど、そんな悪い子ではないと思うわよ?」

「……あっ」


 手渡された画面を片目だけ開けて恐る恐る見た彼女は、そこに書かれた画像と追って送られたらしい一言に思わず頬を緩めた。


『妹が勝手に送った』


 そこには、髪が濡れたままタオルを首にかけている唯斗の姿が写っていた。

 写真の端に指が入り込んでいるから、本当に妹にやられたのだろう。その相変わらずやる気のない表情を眺めながら、夕奈は独り言のように呟いた。


「……そっちも風呂上がりじゃん」

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