第19話 アエタヨ
次の日、僕はゆっくりと、ゆっくりと立ち上がった。立ち上がった瞬間、目の前の景色が一瞬歪んだ。そして、一歩足を踏み出した。
髭を剃って、爪を切り、服を着替えて、髪を整えた。鏡に映った自分は決してかっこよくはなかった。けど、精一杯かっこつけた。
最後に零菜と買った思い出のネックレスを腕に着けた。
日が暮れ始めたころ僕はオレンジ色に染まる空の下電車に乗った。
久々に空を見た気がする。
零菜の地元には二時間くらいで着いた。あっという間だった。
駅からタクシーに乗り会場に向かった。見たこともない景色がどんどん流れていく。
知らない店。知らない土地。あの店は何なのだろう。おいしいのかな?
零菜に案内してほしかったな。
会場に着くと、零菜の名前が書かれた看板が立っていた。
深く息を吸い、襟を正して僕は会場には入った。
会場に入ると教授がいた。僕が来ることは事前に桃花が連絡してくれていた。
受付を済ますと、一人の女性と男性が挨拶に来た。僕は邪魔にならないように端に避けた。
5分ほど話し合った後教授たちは帰っていった。そして、二人は僕の所に来た。
「君が悠翔君ですよね?」
返事をしようとしたが、上手く声が出てこなかった。唾を飲んでからようやく「はい」と一言返事が出来た。
「零菜のこと見つけてくれて……ありがとう……ございました……」
女性がそういうと、それ以上話せなくなってしまった。
「悠翔君。初めまして。零菜の父です」
「初め……まして」
「少し、話してもいいかな?」
「はい」
零菜の父だと名乗った男性はお茶を紙コップに入れて、椅子に座った。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「今日は来てくれてありがとう。ずっとお礼を言いたいと思っていたんだ」
「お礼……ですか?」
「うん。零菜の事を君が見つけてくれなかったらもっと長い間零菜を一人にしてしまったかもしれない。でも、君が零菜の事を思って動いてくれた。本当に……感謝しているんだ」
「俺は!……なんもしてない……。零菜のことも救えなかった……。お礼何て……言わなくていいです……」
「君は十分すぎるほどやってくれたよ。僕達の方こそ、何もしてない。君が零菜を見つけたんだよ。君は頑張った」
「…………」
「零菜にも聞いてごらん」
そういうと、男性は立ち上がり隣の大きな部屋へと案内してくれた。
そこには少し並べられた椅子。その奥には大きな花や鳥の羽のような装飾品がきれいに飾られていた。その中心には、笑った顔をした零菜の大きな写真と小さな木の箱が飾ってあった。
零菜の体はもうない。
小さな木の箱を見たときに嫌でも察してしまった。
案内してくれた男性は部屋から出ていった。
僕は零菜と二人きりになった。
僕は零菜の正面に立ち、線香をあげた。
ちょっとだけ話そうか?
今日の僕はかっこいいかな? 褒めてくれるかな?
ごめんねはやだね。笑って帰りたい。
ありがとう? 零菜が泣きそうだね。
僕は大丈夫だよ? 安心していいよ?
「また強がりだ!」っていじけてそうだ。
君に出会えてよかった。君はどうだったかな?
指輪はどうしてほしい?
もう少しだけ持ってても許してくれるかな? 捨てようか持ってようかずっと悩んでいたんだけど、もう少しだけ持っててもいいかな?
返したい言葉が見つからないな。
僕がしりもちを着くくらい飛びついてきてくれないかな?
僕が伝えたい思いを伝えてくれたのは君の思いだ。
大好きだよ。この言葉でしか表せないのが残念だ。
なんだかこんなしんみりした雰囲気は僕達らしくないねって思った。
目を開けて零菜の写真を見ると、零菜に笑われてる気がした。
零菜も同じ気持ちなのかな。
やっぱこの言葉しかないね。
僕と零菜の別れの言葉
「またね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます