第18話 アイタイ
零菜が死んでからすでに半日が経とうとしていた。体に力は入らなかったが特に問題はなかった。
すでに丸一日何も口にしていなかったが腹は減ってなかった。壁に体をすべて預け僕は相変わらず天井や窓を見ていた。
考えていたことは零菜のことと、自殺の方法。
朱里はまた話したくなったらいつでも連絡するように言ってくれたが、電話をかけようとは思わなかった。朱里を信用していないわけではない。ただ、朱里は零菜のことを知らない。零菜を知らない人に零菜の話をしても意味がない。そう思ったからだ。
後悔が豪雨の様に僕を濡らし続けた。その雨は僕を冷やし続け、止むことを知らない。その雨を避ける傘を僕はもう持っていなかった。
外を走る車の音がうるさい。子供の声がうるさい。鳥の声がうるさい。ああ、ほんとうるさい。早く夜になれ。
朝はそう思っていたはずなのに夜になると逆だ、怖くて仕方がなくなる。静かだ。何か音が欲しい。誰か助けてくれ。声をかけてくれ。頼らせてくれ。早く朝になれ。怖くて怖くて脂汗が止まらなかった。
怖さに震え続けている間に夜は明けた。人生で一番長い一日を過ごした。水分もとっていないから、唇の皮は剥け始めていた。もう、そんなことどうでもよかったけど。
今日は昨日の朝のうるささに加え携帯もうるさかった。
たくさんのLINE。
並べられたありきたりの文字。
その中にたった一つだけ他の文字とは違う言葉があった。
「先生に聞いたけど、零菜ちゃんのお葬式明日の夜やるんだって。私はいけないけど、もし悠翔君が行くつもりなら、今日のうちに先生に連絡してみて。あとね、昨日大学で零菜ちゃんが亡くなったことはみんなに知らされたの。悠翔君が関わったことは一切触れなかったんだけど、みんな悠翔君の事心配してるから、一人で無理しないでね」
零菜に会いに行かなくちゃ。
最初に頭に出てきた言葉はそれだった。確かにあの日約束したんだ。会いに行きたい。行きたいけど……。
プルルルル
桃花と思って僕は電話にすぐに出た。
「もしもし? えっと悠翔君、だよね?」
桃花の声じゃなかった。すぐに携帯を耳から離して画面をみると電話相手は苺だった。
「あ、えっと久しぶり。突然ごめんね。その……大丈夫……じゃない……よね?」
苺はおびえたような声で話した。
苺は高校の時に知り合った友達だ。大事な時や悩んだ時、誰よりも僕の事を理解して答えをくれていた。けれど、高校を卒業してからは共通の話題もなくなってしまいほとんど連絡を取り合っていなかった。
「あのね、舞ちゃんから悠翔君のこと……聞いちゃってね、その、心配になっちゃって」
「ああ、気にしなくていいよ」
苺もどうせみんなと同じことを言うんだろうと思い、僕は適当に返事をしてすぐに電話を切ろうと考えていた。
「あのね、悠翔君」
「何」
「がんばっちゃだめだよ」
僕はこの時、正直驚いた。普通頑張れじゃないのかと、そう思ったからだ。
「悠翔君はね、今、頑張ってるよ。すごい頑張ってるの。だから、絶対これ以上頑張っちゃダメなの」
「そっ……」
僕は、また泣いていた。もう涙は出ないと思っていたのに、苺の言葉が暖かったんだ。
「悠翔君?」
「明日さぁ……零菜の葬式なんだって……俺さ……俺……行ってもいいのかなぁ……」
「行きたいの?」
「怖いんだよ……零菜の親にお前が殺したって言われたら……お前のせいだって言われたら……俺、どうしたらいいんだ……会いたいのに……零菜に会いたいだけなんだよ……」
「怖いよね……。私もね、小学生のころ事故だけど友達が死んじゃってるんだ。私はね、その時お葬式とか出てないけどね、やっぱり後悔しちゃってるよ……。だからね、悠翔君が零菜ちゃんさんに会いたい気持ちと、今の自分の状態とよく相談して決めてほしいな」
涙と一緒にどんどん本音が零れた。苺は涙を一粒一粒救うかのように僕に声をかけてくれた。
「心配してくれてありがと」
「全然。今は自分の事だけ考えてね」
苺との電話が終えた直後僕は、すぐに桃花に連絡を取った。
「ねぇ桃花」
「どうしたの?」
「零菜はさ」
「うん」
「死んだんだよね?」
「……うん」
「ありがと。俺…………葬式出るわ」
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