第17話 ハキダス
少しして救急車がやってきた。暗闇に赤と青のランプが反射している。その光によって、視界に映るものが近づいたり離れていくように感じた。
人が降りてきて家に入っていったが、誰も乗せないで救急車は帰っていった。
説明はないまま事情聴取が始まった。
零菜とのLINEを見せるように言われた。
何も聞かないでほしかった。僕と零菜の思い出だ。誰も入ってこないでくれ。
警察に「もう察しているだろ?」といわれ帰るように言われた。本人確認も教授がした。
僕は零菜に会うことなく帰るしかなかった。
帰る間際に桃花に何かを言われた。覚えてない。
警察にどのくらい聞かれていたのだろうか。覚えていない。
どうやって帰ったのだろうか。覚えていない。
家について風呂に入った。びしょびしょのまま飯を食って吐いた。
体がひどく疲れていたからベッドに横になった。体を横にすると首を絞められたかのような感覚がした。壁によっかかって座ることが精いっぱいだった。
全て忘れたくて寝たかったから睡眠剤を飲んだ。全部吐いた。水すら今の僕の体は受け入れようとしなかった。
相談に乗ってくれた隼と舞さんにはLINEを入れておいた。文字を打とうとした手が酷く震えていたのはよく覚えている。寒いのだと思って暖房をつけようとした時、吐き気がした。
大丈夫かって返信が来た。頑張ったなって返信がきた。いつでも話を聞くって返信が来た。
無視した。
吐き気が収まりかけたとき知らない番号から電話がかかってきた。警察だ。
また、事情聴取だ。もう……勘弁してくれ。
事情聴取が終わった後は教授から連絡が来た。
内容は明日大学に来てお話しませんかとのことだった。何でお前なんかに話さなくちゃいけねーんだよ。僕はまた無視した。
それからしばらく天井を見ていた。頭の中は零菜の事でいっぱいだった。
落ち込んだって零菜が帰ってくるわけない。だから元気出せ。頑張れ。自分にそう言い聞かせ続けた。
スマホが鳴る。LINEの通知だった。相手は幼馴染の朱里だった。
「どうしたの? おーい?」
それは声となって僕に届いた。
適当に返信しようとしたが無意識に僕は朱里に電話をかけてしまっていた。
「……ぁ……」
間違えたって言いたかった。声を出そうとしたら代わりに涙が出た。
「何? 電波悪くて聞こえないかも」
「……朱里」
「何?」
朱里は僕の声に少し困ったように笑いながら言った。
「あのさ……」
「うん」
「零菜が…………死んじゃった」
「ん?」
それからは頭の中にある物、心の中にある物、全てを吐き出すかのように全てを朱里にぶつけてしまった。
もう零菜が死んじゃったってLINEを打ちたくない。俺に説明させないでくれよ。何回思い出せばいいんだよ。
何も聞かないでほしい。
大丈夫とかふざけんなよ。大丈夫なわけないだろ。大好きだったんだ。
頑張ったねじゃねーよ。救えてねーんだよ。助けられてねーんだよ。なにも頑張ってねーじゃねーかよ。頑張ったのは零菜一人だよ。
話は聞くってなんだよ。話を聞いて何が変わるんだよ。聞いてお前に何ができるんだよ。
苦しい。しんどい。悲しい。後悔。胸が痛い。呼吸が苦しい。肺が苦しい。震えが止まらない。声が上手く出ない。涙が止まらない。喉がカラカラする。吐きそう。四肢が痺れている。怖い。
警察から電話がかかってこないでほしい。何で俺なんだよ。零菜に会わせなかったくせに。俺を疑ってんのかよ。ふざけんなよ。LINEも通話履歴も見せたくねーよ。俺と零菜の思い出なんだよ。勝手に入ってくんな。
教授と話したくない。何が大学に来て話そうだよ。あんたらは俺から連絡があるまでに何かしたのかよ。動かなかったんだろ。事情は知っていたはずだろ。親とも繋がってんだろ。何で何もしなかったんだよ。
大学に行きたくない。行けるわけないだろ。
歩くことが怖い。ドアを開けることが怖い。人に会うことが怖い。暖房を見ただけで吐き気がすんだよ。零菜とやる予定だった勉強用のノートを見ただけで吐きそうなんだよ。思い出全てが怖いんだよ。
一人になりたい。頼ってごめん。助けられなくてごめん。気を使わせてごめん。早く零菜の友達に説明しなくちゃいけないのにごめん。何もできなくてごめん。最低だよな。
寝たい。食べたい。なにも受け付けてくれない。
寝たらさ、零菜の事忘れられるのかな? 忘れたくないよ。
どうしたらいい? どうしたら楽になれる? 時間が解決してくれる? これ以上苦しくならない? 俺はそれに耐えられる?
耐えられる気がしない。机の上にあるハサミを見ただけで考えてしまう。
思い出の物はどうしたらいい? 捨てればいい? 燃やしたら零菜に届く? 零菜はどうしてほしい? 捨ててほしい? 持っていてほしい? 教えてくれよ。
零菜がくれるはずだった宝物ってなんだったの? 教えてくれよ。
零菜は俺といて楽しかったかな? 迷惑だったかな。
最後に零菜は偶然電話を俺に掛けたのかな? 偶然じゃないといいな。
零菜は俺の事どう思っていたんだろうね。
知り合い? 友達? 親友? 味方?
俺は君の事友達とは思えなかった。だって大好きだったんだ。友達じゃ満足できなかった。ごめんね。
もう自信がないや。友達と関わることが怖いや。俺は誰も助けられない。無力なんだ。
何ですぐに警察に連絡しなかった。
何ですぐに強行手段に出なかった。
何で気づかなかった。
何で万が一の対策を取らなかった。
教授たちは何をしていた。
友達は何をしていた。
彼氏は何をしていた。
親は何をしていた。
違う。
誰かじゃない。
俺が零菜を殺した。
絶対会いに行くって言ったのに。
いつでも行くって言ったのに。
もう…………会えない。
俺も……死んだら零菜に会えるかな? 会えたらいいな……。
ごめんね、零菜。少しだけ、少しだけ休ませて。
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