第16話 ヤクソク
「私もその時のことは覚えてるよー。結局買いには行かなかったのよねー」
舞さんは子供に話しかけるかのようにゆったりとした口調で話した。
そうなんだ。僕と舞さんは結局零菜へのプレゼントを買いに行かなかった。
「必要じゃなくなったからね」
誰一人不思議そうな顔をするものはいなかった。
理由は話さなくても分かるだろ? みんな察してくれたんだ。一番言葉にしたくないことだから心が救われた気がした。
「じゃあ次で僕と零菜の話は最後だ。麻衣さんに相談した後、俺は零菜のために何かできないかなってずっと探してたんだ」
誰一人僕が話している間に何か飲んだり食べたりするものはいなくなっていた。全員の視点が僕一か所に集まる。それは僕に真剣に聞いてやるぞっていうようにも見えたし、過去を話すことから逃げさせねーぞっていう視線にも感じた。
◇
僕が考えている間に零菜と約束していた日が近づいていた。
その前日だった。
外は徐々に明るくなってくる時間帯だった。まだ起きている人も少ないくらいの朝、零菜から電話がかかってきていた。
僕がその電話に気づいたのは零菜が電話をかけてきてから十分後くらいだった。
電話をかけると零菜はすぐにでた。
「うわぁぁぁああああああん!」
聞こえてきたのは零菜の言葉にならない泣き声だった。まだ少し寝ぼけていた頭に電流が流れるかのような衝撃で僕は目を覚ました。
「零菜!?」
「ゆーーーおーーくぅぅぅぅんん!」
確実ではないが僕の名前を呼んでいた。
「零菜!? どうしたの!?」
「わぁぁあああああん!」
零菜は泣くか僕の名前を呼ぶかの二つだけだった。
「零菜! 良く分かんねーけど今から零菜に会いに行くから心配すんな! 絶対会いに行くから!」
「わぁぁあああああん!!」
零菜から返事はなくただ泣いているだけだった。僕は零菜にもう一度会いに行くことを言って電話を切りすぐに零菜の家に向かった。
自転車を漕いですぐに零菜のもとへ向かったが、やけに遠く感じた。呼吸が荒くいつもと比べ物にならないくらい体がきつかった。ハンドルを握る手が震えていることが分かった。
僕はそれら全てを振り払うかのようにペダルを回した。
零菜の家に着いた直後、僕は自転車を乗り捨てインターホンを押した。
しかし、零菜は出てこなかった。
LINEに電話をかけてみても零菜はでなかった。
僕は零菜が泣き疲れて寝てしまった可能性を考えて、少し時間をおいてみることにしてしまった。
その間に必死に考えることにした。もしもの可能性。最悪の可能性のために。
一人暮らしに慣れている友達が必要だ。僕は片っ端から連絡を入れた。大学の教授にも連絡をいれた。
最初に返信が来たのは友達の隼だった。僕は返信の通知を見てすぐに電話を掛けた。
「ゆうちゃんどしたの?」
「ちょっと聞きたいんだけどさ!」
最初に聞いたのは合鍵について。ドアを開けなくちゃいけないからと思ったからだ。隼が言うには合鍵は親に預けている可能性が高いとのことだった。零菜は県外から来ているから親が来るのに時間がかかってしまう。なら合鍵はだめだ。
他に開ける方法がないか聞いたところ、そのアパートの大家さんか契約会社が必要とのことだった。しかし、この方法も契約者や保証人、つまり零菜の両親の許可が必要になるとのことだった。緊急性が高いなら警察とのことだった。
僕は隼にお礼を言って電話を切った。
次に連絡が来たのは桃花からだった。桃花にはどう伝えようか悩んだが、電話に出てくれたので零菜の事を全部話した。零菜はその話を聞くなりすぐに自分を来てくれるとのことだった。
僕は桃花が来るまでの時間インターホンを押したり、電話を掛けたり、ドアを叩いたりして零菜の返事を待った。
返事はこなかった。
三十分くらいして車で桃花が来た。桃花が来たことで、多少大胆な行動をしても大丈夫だと思い、僕は窓から部屋を覗いてみたり叩いて名前を呼んだりしたりした。窓は全てカーテンで仲が見える状態ではなかった。
「悠翔君。……警察呼ぶ?」
「……」
「何か嫌な理由があるの?」
嫌な理由。もし、警察を呼んだとして、ただ零菜が寝ていたとしたら? きっと両親はもう零菜を大学にはいかせないだろう。零菜は大学に行きたがっている。両親や周りに迷惑をかけて大学にも行けなくなったと知ったら零菜は自分を苦しめ傷つける。
けど、もし……このまま……
「やっぱり――」
その時、電話がかかってきた。
やっぱり寝てただけなんだ! 今日の事は笑い話にしよう。
電話の相手は――――
教授だった。
僕の希望はあっさりと手の中をすり抜けていった。
「もしもし」
「連絡に気づくのが遅くなってしまって申し訳ない。それで今の状況は――」
僕は今置かれている状況を事細かく説明した。
結果、教授側で両親や大家さん、最悪警察にも連絡してくれることになった。そして僕にはそのままその場にいて何か変化があった時に連絡してほしいとのことだった。
「それではお願いします」
僕はそれを聞くとすぐに対応に当たって欲しかったので雑に電話を切った。
桃花にも状況を説明すると、桃花もこの場に残ってくれるとのことだった。
外は寒いからと桃花の車の中で待つことにした。
一時間待った。
返事なし。
二時間待った。
返事なし。
「なぁ、窓割ったらさ、怒られるかな」
「それってベランダのドアのとこ?」
「うん」
「そりゃ怒られるかもしれないけど、状況が状況だし」
「なら、やるか」
僕は車から降りて、歩こうと右足を出した。
そして、派手に転んだ。心配して桃花が駆け寄ってくる。
「悠翔君! 足!」
自分の足を見てみると震えていることが分かった。ああ、痙攣か。そんなに疲れてたんだ。知ったことじゃないや。
「ちょっとふらついただけ」
「ちょっと落ち着いてよ! そもそもどうやって割るつもりなの!? 窓があるベランダもあんなに高いよ!」
ベランダの柵は地面から三メートルくらいの高さだ。行けない距離じゃない。
「高さは問題ないよ。窓はスマホで殴り続けたりすれば割れるでしょ」
「それじゃあ悠翔君の体は!?」
「うるさいな! 怪我だろうが、骨折だろうが、どうでもいいんだよ! 生きてればそんなもの治る! だから自分の事なんてどうでもいいんだよ!」
「お願いだから落ち着いてよ! もう一回先生に電話かけてみようよ!」
自分が落ち着いていないことは分かっていた。そして落ち着けるわけがないことも分かっていた。
桃花は先生に電話をかけなおし、僕はその間にまた零菜に電話をかけ続けた。
返事はなかった。
桃花が電話を終えて僕のところに来た。零菜の両親は仕事でこれないので、契約会社に相談してドアを開けてもらうか、最悪、警察に窓を割ってもらうとのことだった。それまで僕達には下手に行動しないでほしいとのことだった。教授たちも連絡が終わり次第、この場に来るとのことだった。
一時間待った。
返事はなかった。
二時間待った。
返事はなかった。
…………
……何時間待った?
日は暮れようとしていた。
最初に来たのは警察だった。僕は今回の事を細かく聞かれた。今すぐ窓を割ってくれ。早く零菜顔を見せて安心させてくれ。
はやく、はやく、はやくしてくれ。
次に教授が来た。
いよいよだ。
違った。
契約会社が来るまで窓は割れないとのことだった。
僕の焦りは次第に怒りに変わっていた。
落ち着け。大丈夫。大丈夫だから。
契約会社が来て窓を割ることになった時にはすでに日は暮れ周りは街灯が照らしていた。
警察は僕の自転車を踏み台にしてベランダへと入り、窓を割った。
ベランダのドアが開き、警察がリビングへと入っていく。
寝室にいたらいいな。そこでベットに横になって可愛い寝顔をしてたらいいな。
零菜はすぐに見つかった。
姿は見えないけどベランダのからすごく近いところで警察が見つけた様子だった。
「零菜! 零菜ぁ!」
返事…………反応はなかった。
零菜は
死んだ。
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