第6話 解き出した問題
気がつけば時計の短針が一つ進んでいた。
光太郎と朱里はお互い凄いペースで飲み、いつの間にか勝負になっていた
俊は一、二杯飲んだだけで完全に酔ってしまっていた。光太郎が酒に強く、俊が酒に弱いところは大学の頃から変わっていなかった。
そんな雰囲気を懐かしく思いながら、朱里をそろそろ止めなければ行けないと思った。朱里は飲みすぎると次の日には、丸一日動けないほどの二日酔いに襲われるタイプだ。
それに……飲みすぎは良くない。
「朱里、そろそろ止めとけ」
「女には負けられない時があるのだ!」
「もういいだろ?」
「どーせ、ゆーとに女心は分かりませんよ! そんなんじゃ彼女できても嫌われるよ!」
そんなモノ、一回も分かったことない。 女心何て完璧に分かる人なんているのだろうか。僕には明日の天気を当てる方がよっぽど簡単だと思える。
「ゆうちゃんはさ、彼女作らないの?」
その質問に、すぐに答えることが出来なかった。
「……俺に彼女ができるわけないだろ?」
下手くそな笑い方で答えた。演技だとバレただろうか。
「ゆーとはさ、まだ引きずってるの? いい加減立ち直った方いいと思うよ」
「お前に関係ねーだろ」
奥歯に力が入った。心がざわつく。
先程までの雰囲気は風に攫われたかのようにどこかに行ってしまっていた。
「ハイハイ! 悠翔ちゃん今度は俺と飲み比べ――」
「……悠翔君、左腕見せてくれない?」
何かあった事を察した俊が、場を和ませようと提案をしようとしたが、それも桃花によって意味の無いものとなった。こうなってしまっては、もう、この話を進めるしかない。
「……これでいいか」
着ていた服を肘の当たりまで捲る。
……チャリン
左手首にある、細い銀色のチェーンが音を立てる。チェーンは二重に巻かれているが、僕の手首には全く大きさが合っていない。そのため余った部分が下に垂れ下がっている。その一番先には……指輪が一つある。
「……やっぱりまだ大事にしてたんだね」
「そりゃね」
僕は捲った服を戻した。
「それって、やっぱあいつとのか?」
「うん」
光太郎はそれを聞いて、残っていた酒を飲み干した。
「あいつって?」
あかりの問いに何て答えようか迷った。僕とあいつの関係は、何て言えば表せるのか言葉が足りないんだ。
「……親友……かな。あれは、唯一形として残った俺のお守りみたいなものなんだよ」
「え、じゃあ……」
「二年前に、多分病気で死んだ」
「多分なの?」
「詳しいことは教えて貰えなかった」
僕が大切な人を失ったことを知っているのは、桃花と光太郎と俊と苺だ。その中でも桃花は特に知っている方だが、僕とその子の事を全部知っている人は誰もいない。
それから少し間を置いてから、苺が途切れ途切れに口を開いた。
「小野くんはさ……何か……まだ…気にしてることがあるの?」
「…………生きた証が残したい。その子が……ずっと言っていたこと」
二年前から一日も思い出さない日はなかった言葉。これから百年経とうとも忘れる事はない。
「じゃあその子が生きた証を残そう!」
全員が呆気に取られた。
「どうやって?」
「んー」
苺は腕を組み眉間にしわを寄せた。そして何かを思い出したのか、急に目を開いた。
「小説にしちゃうのはどうかな?小野くん高校の文化祭でお化け屋敷した時もストーリー書いてたし。あれ結構好評だったみたいだしさ」
「ゆーとちゃん話すの上手いしありなんじゃない? ネット小説とかなら簡単に試すことはできるし」
「俺は無理にやらなくてもいいと思うぞ」
その言葉は光太郎からだった。
「小説にするって事は全部思い出すってことだぞ。あの時の痛みや苦しみは思い出さない方いいんじゃないのか?」
「私も光太郎君に賛成かな。何があったのかは分かんないけど、自分から苦しまなくていいんじゃない?」
「でも、結局ゆーとがどうしたいかじゃない?」
「俺は――」
ずっと悩んでいた。解き方すら分からない問題用紙と向き合っている様な感覚だった。そうしている間に、持っていた鉛筆も見失って、ただ問題用紙を見つめていたんだ。
でも、今、一つの解き方を苺が教えてくれた。後は、僕が鉛筆を握って手を動かすだけ。だったら答えは一つしかない。
「俺は、やってみたい」
握りしめた手は震えていた。思い出す事が怖い。けど、忘れる方が怖い事を僕は知っている。
「私は手伝うよ」
最初に口を開いたのは桃花だった。
「私もね、ずっと何かしてあげたいって思ってたの。だから手伝わせてほしいな」
「ワシも勿論手伝うのじゃ。最初に提案したからねー」
「私も微力ながら頑張るよ」
「俺も関わりたいかな。何があったかちゃんと聞きたいし。俊ちゃんも手伝うよな?」
「もっちろーん!」
結局、全員が手伝ってくれることになった。震えていた手はいつの間にか落ち着きを取り戻していた。
「じゃあさ、二年前の事話してみてよ。ゆーとのペースでいいからさ」
「分かった。泣いたらごめんな」
あれは、今から二年前。
秋風が既に通り過ぎた頃の話だ。
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