第5話

探せども探せども、私のスマホはおろか、バッグも無かった。

あるのはこの身と、昨日コンビニで使った千円のおつりの数百円がポケットに入ったこの服。


「お腹すいたな。」


こんな時でもお腹が減る図太い自分に苦笑した。


スーパーへ行き、カップ麺を持って辞めた。

片付けをしたときにゴミ箱に沢山カップ麺のゴミが捨ててあったから。


数百円を計算しながら、厚揚げともやしを買う。

調味料などはあった気がする。


我ながら呑気だとは思うけれど、10年前にタイムスリップしているとして、童貞の彼に未来の彼が言う“忘れられない人”は居ないだろう。

私がここに居ることで、その出会いや恋愛を阻止することだってできるはずだ。


仁君の家に帰り、探し出した合鍵で部屋に入る。


決して豪華とは言えない。だけど未来の仁君が好きだと言ってくれた私オリジナルの豆腐ステーキを作り、彼の帰りを待った。








_____「ただいま。」


この言葉を口に出すのはいつぶりだろうか。

玄関を開けると僕の部屋には不釣り合いな家庭料理の匂いが空腹のお腹を刺す。


「おかえり、仁君。」


嬉しそうに僕に駆け寄ってきたこの人を、僕は知らない。


一瞬また身構える。


「…この人が、そう?」


僕の後ろから親友の声がして、ほっとした。


学校でこのことを話せば、心配してついてきてくれた。


「ああ、そう…。」


名前、なんて言ったかな。少しだけ考えると、お姉さんは驚きそして嬉しそうに笑った。


「優紀くん?可愛い!」


僕の親友。優紀は呼ばれた自分の名前に驚いた。もちろん僕も。


「仁、流石にやばい。とりあえず警察に、」

「ストップストップ!本当に怪しいものじゃないから!」


まぁ、僕も。怪しいのは否定しないけど、危険ではない気がしている。

だってどう考えても僕と二人でいて、危ないのは女性のお姉さんの方だから。

もちろん危害を加えるつもりはさらさらないけれど。


玄関先で、話す僕たちの会話を止めたのは、僕のお腹の音だった。


「…お腹すいた。」

「ご飯、できてるよ。優紀君もどうぞ。」


優紀も僕と一緒に部屋の中に入る。テーブルに乗ったご飯に視線を奪われたまま、鞄を置いて引き寄せられるように座った。



「…美味しそう。」

「毒でも入ってんじゃねーの…。」


優紀はそう言いながらも、箸を持つ。


「いただきます。」


食べ盛りの僕たちに、毒なんてものは無いと思う。


「美味しい。」


そう呟いた僕を見て、お姉さんは嬉しそうに笑ってくれた。

そして、言った。


「良かった。仁君、これ好きだもんね。」って。


違和感しかない。その発言も、そもそも彼女がここに居ることも。言い出せない僕に変わって口を開いたのは優紀だった。


「いや、でも、まじで誰ですか?」

「あ…えっと、」

「本気で通報しますよ。まぁ、飯は美味かったけど。」


悩みながら話始めたのは、到底信じることのできないようなファンタジー。


他人事のように聞いていたけど、優紀は僕よりも真剣で彼女の話を聞き終えると小さく呟いた。




「つまり、仁の未来の彼女が、仁の童貞を奪いに来たと。」

「早い話がそう。」


どうして二人ともそんな冷静に、簡単にまとめられるんだろう。恥ずかしくって、その場を笑って誤魔化す僕に優紀はニヤリと口角を上げる。



「いいじゃん、仁。あげれば?」

「優紀、他人事だと思って…。」

「他人事だもん。あげたら居なくなるんでしょ?」

「多分…。わからないけど。」

「守るもんでもないじゃん。あげなよ、仁。」



同じことを繰り返して言う優紀。こいつは、冷静で優しくて、少しだけぶっきらぼうで、人をからかうのが好きみたいだ。


お姉さんはそんな僕たちの会話を聞いて、笑っていた。


その笑顔に少しだけ影がかかったことが気になったけれど、危ない人では無いという事も分かったし。


これからの生活に少しの不安を覚えながら、僕は最後に一つ残っていた厚揚げを口に放り込んだ。

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