第4話
____朝?
まるで車酔いのような気持ち悪さで目が覚めた。
未成年だから、お酒は飲んだこともないけれどもし二日酔いを経験するならこんな感じなのだろう。
辺りを見渡すと、ベッドの上で。
少しだけ違和感もあるけど、そこは間違いなく仁君の部屋だった。
もぞっと、隣で人の気配がする。
「仁君…。」
帰ってきてくれたんだ。ベッドまで運んでくれたんだろうな。
彼の髪に触れると、「ん‥」と小さくうめいた。
「朝だよ。仕事遅れる。」
「…え?」
「…じん、くん…?」
「お姉さん…誰?」
彼の大きな目が私を捕らえる。
「ど、どうして僕に家に?鍵はかけたはずなのに…。」
「仁君…だよね?」
「はい。」
「私…有海だけど…。」
シンとした室内。
「あ、初めまして。」
仁君は思い出したようにそうペコリとお辞儀をした。律儀だな。やっぱり仁君だ。
「あの、仁君…。」
「はい…。」
「失礼ですが‥‥おいくつですか?」
「…18、ですけど。」
だけど、私の問いに戸惑いながら答えた彼は、明らかに私が知っている仁君よりも若かった。
「何何‥どういうこと。」
「と、とりあえず警察、」
「待って!警察は待って!」
2人でベッドの上で混乱しながら、ふと思い出す。
“童貞を奪うために過去に行く”と、そんな馬鹿らしい事を考えた昨日を。
「ま、まさか…。」
私の声に反応して、仁君は私をまた見た。
「仁君、まだ経験ない…?」
「経験?」
「その‥あの…。」
戸惑いながら、彼の耳に口を寄せる。
私の言葉を認識するなり、見る見る赤くなる顔で「な…、無いですけど。」と呟いた。
…可愛い。
今までかっこいいとしか思わなかった仁君に、そんな感情が生まれる。
「じゃ、じゃあさ!私で卒業しない?」
「え?いやいやダメですよ。そんなの…。」
「どうして?興味ないわけじゃないよね?」
「だけど、そういうのは好きな女性と…。」
真っ赤な顔でもごもごと言い訳を始めた仁君の言葉は私の胸をちくんと差し、そのままストンと下りた。
好きな女性と、か。
自分が抱いてもらえなかった理由を、改めて実感する。
昨日、優香さんと家を出た仁君。その二人の後ろ姿、優香さんの、申し訳なさそうな顔、玄関の閉まる音。
思い出しただけで泣きそう。
急に大人しくなった私を、目の前の仁君は心配そうに覗き込む。
「…お姉さん?大丈夫です?」
「うん、大丈夫。」
「ところで、どうして僕の家に?」
「…。」
「何か、訳ありですか?というか、どこから?鍵かけてましたよね…。?」
仁君はきょろきょろとまた辺りを見渡して、
「あ!」
と大きな声を出した。
「やば、学校遅刻する!」
慌てて立ち上がった彼は、ベッドを揺らして、寝室から出て行った。
「とにかく僕、学校行ってきますので、帰ってきてから話聞きますね。今日のテスト休むわけにはいかなくて。」
制服だろうか。
昨日の朝、スーツに腕を通した仁君と同じように制服に腕を通し、同じようなことを言って仁君は慌てて部屋を出て行った。
…ここに居ても、いいのかな。
私の予想通りなら…。
ふと壁にかかったカレンダーを見る。
2010年。その表記が私の予想を確信へと変えた。
進学校へ通学するために、高校2年までは寮生活。3年の時に一人暮らしを始めたと聞いていた。
学生には勿体ない少し広めの部屋は、真面目な仁君を信じてご両親が借りてくれた部屋だそうで、10年後も同じ部屋に住んでいる所をみると気に入っているのだろう。
学生の男の子の一人暮らし。
酷くはないものの、少しだけ散らかった部屋を片付けた。
試験勉強をしていたのであろう、開いたままのノートや参考書。
その参考書に引かれた赤線が、彼の真面目さ優しさ。
そして、私へ引かれた線のようで、寂しくなった。
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