ドラゴンが花嫁を募集した話

松長良樹

ドラゴンの花嫁


 昔、中世の王制時代にある王国があって、その国の北には険しい岩山がそびえていました。そしてなんという恐ろしい事でしょうか、そこにはドラゴンが遥か昔から住み着いているのでした。


 そうです、あの口から炎を吐く、恐竜でさえ真っ青になって逃げだしかねないドラゴンが。そして尚驚くのはそのドラゴンは人間の言葉がわかる賢いドラゴンだったという事です。

 

 国王はドラゴンを恐れはしていましたが、ドラゴンは無茶苦茶な悪さをするわけではなく、悪人を懲らしめたり(食べたり)反乱軍を制圧したりしてくれました。まあそれは食べ物と引き換えにではありましたが。

 

 ですが今回のドラゴンの要求に王はちょっと困りました。いきなり結婚がしたいと言い出したからです。それも相手は同じドラゴンではなく、この国に住む可愛い女子だというのだから呆れかえります。

 まあこの時に王は初めてドラゴンが雄だという事を知ったのですけれど。王は困りましたが、ドラゴンを怒らせたくはないので、しかたなく国じゅうに御触れを出しました。ドラゴンの花嫁募集という前代未聞の募集です。

 

 ――要件はこうです。

『容姿端麗にして、若さ、可愛らしさ。清純さ。あどけなさ。そして可愛い子ぶっているのに、同姓に嫌われない、天性の明るさを持ち合わせるもの』

 

 なんという要件なのでしょう。それはまるで現代のアイドルの条件にもピッタリ合致してしまうものでした。しかもこの文面はドラゴンの指示だった言うから呆れます。


 でも、そういう者は中々現れませんでした。それも当然です。そういう者がいたとしたってその親が、ドラゴンの嫁になんかやりたくないと思ったからです。褒美は大金でしたが、誰も王室にはやってきません。

 

 ところがです、あるときずいぶんと目つきのきつい、目じりの吊り上った中年の女が娘を連れて王のもとに現れたのです。その娘は実に可愛い顔をしていましたが、やつれて元気のない娘でした。そして女は王に面会するとこう言いました。


「尊敬する王様、この娘はいかがでございましょう。まだ十七ですし、むろん生娘です。着飾れば誰より可愛らしく、美しい娘だと思います」


「うむ。お前はこの娘がドラゴンの花嫁にふさわしいと言うのだな」


「はい、仰せのとおりでございます」

 

 でも娘のほうは怯えたように女の顔色をうかがうばかりでした。王は暫らく黙って娘を見つめていましたが、おもむろに頷くと中年女だけに別室で待つよう言いつけ、女の子の手を取ると城の塔に駆け上りました。そして空に向かって言いました。


「ドラゴンよ、娘を連れてまいりましたぞ!」

 

 するとその大窓にドラゴンが顔をのぞかせたのです。大きな鱗のある赤黒い顔です。女の子はあまりの恐怖に尻餅をついて両肩はぶるぶる震えていました。


「この娘に間違いはないか?」

 

 王がそう尋ねますとドラゴンは答えるのでした。


「ええ、王様。このに間違いはありません。さっそく挙式の段取りをしましょう」


「ドラゴンよ、まさか、この娘と本当に結婚する気でいるのか?」

 

 王が少し、心配そうにそう言いますとドラゴンはこう答えるのでした。


「そんな訳はありませんよ。王様、この娘はよその国につれて行きます」

 

 そしてドラゴンは女の子の傍に大きな顔を近づけて、じっと見つめたのです。


「アルマ。さぞ辛かったろう。だがもう何も苦しむことなどない」

 

 女の子はもう泣きだしそうだったのですが、その瞳に見つめられるうちに、ドラゴンの瞳の奥になんとも不思議な暖かいものを感じるのでした。そして、か細い声でこう言いました。


「ど、どうしてわたしの名を知っているの」

 

 するとドラゴンは振り返るようにして王に言いました。


「王様、この娘の親は今日から私です。私がこの娘の父となりましょう。行く末は凛々しい青年でも見つけて添わせましょう」


「今、なんと申した」

 

 王様がとても驚いて訊き返しました。


「この子は今まで悲惨な状況にいました。この娘を連れてきたあの女は生みの親ではなく、しかも三人の姉たちにいつも虐められ、毎日のように過酷な労働にさらされていました。実の親は戦争で死に今の女が金目当てに、このアルマを孤児院から引き取ったのです。あの女は近々アルマを娼婦宿に売るつもりだったのです」


「そうであったか。驚いたな。おまえは何でも知っているのだな。それにしてもおまえは顔に似ず、ずいぶんやさしい心を持っているのだな」


「あの女を牢に入れるのは簡単でしょうが、それではアルマが路頭に迷う可能性があります。それでこんな事を仕組んだのです」


「なるほど、お前はたいした役者だ。わしも騙されるほどの」


 ドラゴンは国王に少しだけ頭を下げてみせ、空を眺めました。


「国王よ、私はいつも国の上を飛んでいます。そして常日頃から国の人々の暮らしぶりに注意をはらっているのです。これまでも、そしてこれから先もずっと」


「そうか、これからもよろしく頼むぞ。ドラゴン」

 

 王がうっすらと笑顔を湛えました。ドラゴンもそれに応えて深く頷きました。アルマはただ泣いていました。

 

 そして可哀そうで可愛いアルマは、やがて隣国の王子に見初められて、末永く幸せに暮らしたという事です。その事を知るのは、もちろん王とドラゴンのみです。





                了



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドラゴンが花嫁を募集した話 松長良樹 @yoshiki2020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ