第2話 夢

 わたくしは、ここに告白いたします。

 父と娘の間の愛の哀しさを、どうしても告白せずにはいられないのです。わたくしの話に、どなたさまもおぞましさを感じられることでございましょう。が、わたくしにしてみれば、恐ろしいことながらも快楽でございました。

 いや、無上の歓びと申しましても過言ではありますまい。この二十有余年の間というもの、告白の機会を伺いつつ今日まで口をつぐんできたのでございます、はい。しかし娘の命日である今日のこの日に、お集まりの皆さま方には是非ともお聞き頂きたいと思います。


 夢、それは地獄の夢なのでございます。

 あなた方は、閻魔大王の存在を信じておられますでしょうか? いやいや、地獄そのものの存在を信じていらっしゃる方は、少ないことでございましょう。かくいうわたしと致しましても信じたくはないのでございます。このような恐ろしいものがあってなるものかと、思うのでございます。

 どうもお待たせいたしました。

 前置きはこの位に致しまして、その夢についてお話しましょう。と申しましても何しろ夢のことでございます、突飛な事柄もございます。荒唐無稽と思われるかもしれません。また、わたしの感じた恐怖感を十分にお伝えできないかもしれません。しかしどうぞ、お汲み取りいただきたいのでございます。

 これは夢でございます。

 針のような鼻毛を抜きながら、しゃれこうべの積み上げられた椅子に、閻魔大王が腰をかけているのでございます。そしてその横には、勿論のこと赤鬼・青鬼とが立っております。

 何しろ薄暗い洞窟の中のことでございます。ろうそくが一本だけなのでございます。が、そのろうそくにしましても目が慣れてくるに従いまして、いかにも赤いのでございます。そして、燭台の色が黒みがかった紺色に見えてくるのでございます。

 更に目をこらしますと、その燭台があろうことか蛇になっているのでございます。そして、炎が、真っ赤な炎だと思っていたものが、実は蛇の舌だったのでございます。

 わたしはたまらず、天井に目を移しました。

 と、コウモリとも猿とも似つかぬ獣が、口を真っ赤に濡らし、また異妖な純白色の牙をのぞかせているのでございます。

 そしてその獣の目といえば、爛々と輝き今にも飛びかかってきそうにも思えるのでございます。背には赤黒い羽根をたたみ、同じく赤黒い尾を、岩の裂け目に突っ込んでいるのでございます。

 一匹ではございません。数知れなくでございます。薄暗い筈の洞窟で、それ程にくわしく見えるはずがないと、おっしゃられますか? しかしそう申されましても、確かに見えたので、いえ感じたのでございます。

 足下に目をやりますと、何やら蠢いております。

 トカゲのようなそれでいてゴキブリのような、そんな気味の悪いものがわたしの足指の間やら、手指の間やらをはいずり回っております。わたしの体を這っているのでございます。そしてそして、ナメクジのようなウジ虫のような虫が……。

 うわあぁぁ! お腹といわず胸といわず、股間もでございました。お待ちください、それだけではないのです。実は、口の中からも何かが出てくるのでございます。湧き出てくるのでございます。

 あ、あろうことか……あ、ありえませんぞ。

 わたくしめの顔を持った、野糞にたかる銀蝿が、口と言わず鼻と言わず耳からも飛び出すのでございます。

 あゝ、申し訳ありません。もうこれ以上のことは、わたくしには申し上げられません……失礼致しました。ここでやめては、何のことかお分かりになりませんな。ほれそこのお方、いかにもご不満げなご表情をされて。

 他人の不幸は、蜜の味ですかな? それでは気を取り直して、お話を続けさせていただきます。まだまだ夢は続くのでございます。


 真っ赤な血の川を渡っているはずのわたしの小舟が、突然に現れる裂け目の中に真っ逆さまに落ちていきます。岩を伝って逃げようとしますとその岩が急に砕け、わたしの手がはさまれてしまいます。

 今までに味わったことのない痛みに、危うく失神するところでございました。万力にはさまれた手の骨が、ミシミシと音を立てております。五倍十倍の太さに腫れ上がった指から、今にも血が飛び散りそうでございます。

 と、いつ持っていたのか、もう片方の手に斧があるのでございます。そして恐ろしいことにわたしの意志に反し、その斧で岩にはさまれた手を切っていたのでございます。どっとあふれ出るわたしの血に、わたし自身が押し流されます。

 必死に、その血の海を泳いでおります。ところが、すぐ近くに見える岸辺が、泳げば泳ぐほど遠くなっていくのでございます。もう気も狂わんばかりでございます。あゝもう、そのまま気の狂った方が良かったと思えるほどでございます。お分かりいただけますでしょうか? この恐ろしさというものが。

 兎にも角にも、こういった夢を毎晩見るのでございます。昨夜は眠るまいと致したのでございますが、いつの間にか徒労に終わりウトウトとしております。

 それどころか、それらすべてが夢のようにも思えるのでございます。もしかして、今この時も、夢? なのかもしれません。


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