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 雷鳴がとどろいた。


「もうよい、行くがよい、裏切りものの白蛇め。お前は竜王の使者にふさわしくない。二度とその穢れた姿を見せるな」



 燃え盛る業火に照らされたようなどす黒い光が一条、さっとひらめいた。

 遥か彼方まで、黒みを帯びた赤に染まる。


 白蛇の体が、小さく丸まった。赤黒い光の中を、ぽんぽんと弾みながら、飛ばされていく。まるでトンネルの中をボールが跳ね返りながら飛んでいくようだった。



「覚えてろよーっ」

やけくその大声が遠くから聞こえてくる。

「必ず必ず、地球を乗っ取ってやるからなー」




 「やれやれ、なんであれだけ地球支配に執着するかねえ」

ふうーっ、と、鼻から大量の空気を出して、竜王が溜息をついた。


「次はお前だ、カイバ」


「カイバ、リュウオウノ、ミカタ。カイバ、ミカタ」

カピカピ干物が、慌てたように後ずさる。


「スパイなんて……仲間を裏切ったら、駄目だろう? それに、スーパーおろちを盗んだのは、同罪だ」



 言い終わるが早いか、カイバの姿は、クリーム色のボールになっていた。白蛇より小型ではあるが、見るからに固そうな球だ


 カイバのボールも、赤黒いトンネルを、跳ね飛ばされていった。



「ゴメンネーッ。ケイタ、オネエチャン、シロヘビノブンモ、ゴメンネーッ」


かすれた悲鳴のような声が、いつまでも聞こえてきた。



 「さてと、お前達だ」


竜王は、光り輝く目玉を、ぎょろりと向けた。


「私達、何も悪いことはしてません。白蛇に連れてこられただけだわ」


「そうだよ、巻き込まれただけだよ」

圭太も主張した。



「それは、わかってる」

竜王は、重々しい声で答えた。


「お前達は、わかったろうね、スーパーおろちのコンピューターに選ばれた訳を」



「あっ、あれは、竜王……あなたの意志なんですか?」


 思わず圭太は尋ねた。

 白蛇の悪だくみではなかったのか?


「うむ」

竜王は頷いた。

「スーパーおろちのコンピューター自体は、わしの設計したものだ。扱うのが白蛇でも、わしのやり方で、計算をする。わかるか?」


「はい」


「その、スーパーおろちのコンピューターが、お前たちを選んだ。大勢の人間の中から。太古の世界へ連れていくのに。なぜだと思う?」


「たぶん、僕がいじめられっ子だから。親も、いじめたくなるような子だから」

考え考え、圭太が言った。


「でも、それは、僕が僕を持っているから。いじめられるのは、ちっとも恥ずかしいことじゃない」


「ふうん。そうか」


「違うの?」


「わしが知るものか。で、そっちのメスは?」


「メス?」


一瞬だけ、おねえちゃんは色めき立った。だが、すぐにしゅんとした顔で、


「それは、私が死んじゃうから。スーパーおろちは、だから、私を助けてくれた」


「そうか」


 おねえちゃんは、今にも泣きそうだった。けれど、必死に冷静さを保っていた。それなのに、竜王は、あっさりとうなずいただけだった。




 「ほら、道ができる」


 白蛇とカイバが通り抜けていった赤黒いトンネルが、色を変えつつあった。


 より強い七色の光に、次第に塗りつぶされていく。それは、恐竜達が虹を渡っていった丸い玉と同じ色の光だった。


「帰りなさい。自分たちの世界へ」


「いやよ、死んじゃう」

おねえちゃんが泣きそうな声を出した。


「帰るもんか!」

圭太も叫んだ。


 おねえちゃんが帰るのは、トラックのすぐ前だ。

 人間の世界に帰ったら、おねえちゃんは、トラックに轢かれてしまう……。


 

「僕も、このままここにいる。どうせ、100年たてば、人間は滅びるんだ。それより僕は、ここでおねえちゃんと一緒にいるほうがいいっ」


「ば、ばかね……。あんただけでも帰りなさいよ」

あせったかすれ声で、おねえちゃんがささやいた。


「い・や・だ」

 おねえちゃんの腕をしっかり握って、圭太も言った。



 戦争。温暖化。砂漠地獄。

 仲間外れ。いじめ。お母さんのぼうりょく。


 人間の世界に帰っても、なにひとつ、希望なんてない。と、圭太は思った。



 黒い縦じまの通った、黄色く輝く目が、かっと見開いた。


「帰らなければいけない。ここからお前達の化石が出てくるわけにはいかないからな」

強い力が、二人の背中を押した。


「圭太。未来の最初を変えるのは、お前だ」


「えっ……?」


「一つ変われば、次も変わる。未来を変えるのは、圭太。お前だ」



 背を押す力は強かった


 それ以上は、何も、圭太には聞き取れなかった。



 凄まじい風が耳元で吹きすさび、二人の体は、くるくるっと舞って、光のトンネルへ吸い込まれていった。







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