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 白蛇は、どこふく風だ。


「そもそも我々爬虫類は、恐竜と一緒に進化するつもりだった。そして、どこかの時点で恐竜を出し抜き、地球の覇者となる。それが、当初の計画だった。だが、恐竜は、愚かだった。彼らは、頑として、文明を受け容れなかった」

 


 圭太は思い出す。


 トリケラトプスのマフラは、折れた角を治すことを諦めた。

 セイスモサウルスのおじいちゃんは、自らの死を受け容れた。

 スピノサウルスのシレンは、滝を避け、川そのものを変えることを選んだ。

 ラプトルのグノールは、一緒に育つことで、鳥の仲間になった。

 ティラノサウルスたちは……そう、彼らは、必要以上の獲物を必要としない。



 怒りのこもったキーキー声で、白蛇が叫ぶ。


「恐竜は馬鹿だ! 文明を受け容れれば、より快適に暮らすことができ、知能ももっとずっと、発達したはずなのに!」



「愚か者はお前だ」

荘厳な声が響いた。竜王だ。

「文明を持たないからこそ、恐竜は一億六千万年の長きに渉って栄えることができたのだ。彼らはそれを知っていた」



「だが、隕石の追突をやりすごすことはできなかった。その後の寒さを、生き残る方法を知らなかった!」

 執念で白蛇が言い返す。



 竜王の目が、きらりと光った。

「生き残ったものもおろう? 小さくなって、空を飛び、自分に適する場所を見つけて」



「鳥だね!」

思わず圭太は叫んだ。

「それ、鳥のことだね!」


「グノールの子孫もいるはずよ! ラプトルの血を引く、子どもたちが!」

負けじと、おねえちゃんが叫ぶ。



「そうだ」

竜王は頷いた。

「すべての恐竜が、絶滅したわけではない。絶滅を、生き残る道……。それは、文明化などではない。進化の早さだ。恐竜の場合は、小型化し、羽を獲得したことだ。これにより、速やかに分散し、自分に合った土地へ移ることができる」


「だからか……」

 圭太は腑に落ちた気がした。


 ラプトルのグノールが、あんなにも、鳥の仲間になりたかったわけ……。

 、空を、飛びたいと願った理由……。


「子孫を生き残らせる為だったのか!」


 恐らくそれは、ラプトルの本能だったのだ。

 近づく地殻変動や気候変動を予感して……。



「恋でしょ!」

おねえちゃんが、むっとしている。

「ロマンがないわね! これだから子どもは!」



 笑い声が聞こえた。

 恐ろしい、雷のような、笑い声だ。


「進化は、恋の積み重ねだ」

竜王が笑っている。



 「あんな姿で生き残って、何になる!」

宙に浮かんだまま、白蛇が叫んでいる。


「鳥のように矮小な、知能の低い……。人間に脅かされて生きるような存在に、何の意味があるというのだ!」



「恐竜の進化は、まだ、終わっていない」


 ……まだ終わっていない。

 その言葉は、圭太の中でこだました。



ふっと、竜王の笑いが止んだ。


「恐竜たちが文明を拒絶したのは、愚かだからではない。反対だ。彼らが賢く、真に高潔だったからだ。だから、一億六千万年の長きにわたって、繁栄を続けることができた」



 ……知っていたんだ。

 圭太は思った。

 ……恐竜たちは、知っていた。


 一億六千万年の、長い繁栄。

 その為に必要なのは、一時の便利さなんかじゃない。


 必要なのは、長い長い進化だ。子孫の代にまで続く、気の遠くなるほどの。


 生き残ろうとする、強さ。


 そして、環境に合わせて体を作り変え、生き残れる土地へ移っていく、勇気。







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