61



「恐竜が繁栄し続ける限り、哺乳類の台頭はありえない。けれど、実際の所、恐竜なんて必要なかったのだ。だって、真に地球に君臨できるのは、我々ヘビ一族しかいないのだから!」


白蛇は高らかに笑った。


「手始めに、こいつを絞め殺す。寒さに強い哺乳類です。来るべき氷河期を生き残れるほど。それから、地球上のあちこちに、ウイルスをばらまくことに致しましょう」



「やめなさいよ!」


おねえちゃんがいきなり、白蛇に飛び掛った。白い紐のような体に手をかけ、必死で動物をほどき取る。



 クキキキキキキ。


 小さな泣き声を残して、そいつは、平原の彼方へと走り去った。




「馬鹿な娘だ」

白蛇が、心底腹を立てた声で言った。

「20**年4月8日、この日が何の日か、知っていますか?」


ああ、僕が初めてスーパーおろち号に乗った日だ、圭太は思った。その日が、始業式だったんだ。



「知るわけないじゃない、この、オタンコナス」

おねえちゃんが金切り声で叫ぶ。


「あなたの命日ですよ」


「え……」

途端に、おねえちゃんの力が抜けた。



「20**年4月8日、午前8時14分、登校途中の神崎理沙は、交差点で信号無視の車にはねられて死ぬ。若さと持ち前の明るさで、上等とはいえないまでも、そこそこの人生を謳歌していたあなたは、突然、自動車という人間文明によって、命を奪われるのだ」


突然の静けさが辺りを覆った。



「嘘。嘘。信じらんない」

呆然と、おねえちゃんがつぶやいた。


「ええ、そうでしょうとも」

不気味に優しく白蛇は言った。


「でも、真実です。事故の直前に、スーパーおろち号が、あなたを拾い上げたのです」


「あたし、死んじゃうの?」


「元の世界に戻れば。すぐに。一瞬のうちに。人間の文明が、あなたを殺すのだ」



「……」

「……」


 圭太は、言葉も出なかった。おねえちゃんも無言だ。



 白蛇は体を伸ばした。


「だから、手伝ってください。愚かな人間に地球を破壊させないように。真に気高く理性的な生き物が地球を支配できるように。そうすれば、歴史は変わり、『現代』へ戻っても、あなたは生き延びることができる。爬虫類の、我々ヘビ族の支配する、美しい地球でね!」


 ヘビの支配する地球?

 圭太はぞっとした。


 恐竜の足元で生きるのなら、まだ、いいと思う。


 いや、違う。

 恐竜の世界で生きることは、ひょっとして、人類にとって、とても幸せなことではないか。


 今ではそう、考えるようになっていた。


 だって恐竜は、とても高潔な生き物だから。

 勇敢で優しい、そして強い生き物だから。


 けれど、ヘビはどうだ?

 この白蛇は、どうなんだ?



「ウイルスをばらまくの? 彼らを、殺すの?」

 震える声で圭太は尋ねた。


 恐竜が滅びるのなら、人類の繁栄は既定の事実となる。すでに圭太が知っている現代世界が、地球に出現するのだ。


 その結果、「現代」に戻ると同時に、おねえちゃんは死んでしまう。


 圭太は、あの辛い家へ、学校へ、帰ることになる。そして、一片の希望も見いだせないまま、生き続けなければならない。


 やはり、人類の繁栄は、なんとしても阻止しなければならないのだろうか……?




 「地球の為に」


 白蛇は、しずしずと這い始めた。行く手に、スーパーおろち号の流線型が見える。

 とてつもなくダイナミックで、とてつもなく、優雅なボディーの。


 おねえちゃんがふらふらと、白蛇の後に続く。



 圭太は迷った。


 何かを殺して、何かを守る。何かを絶滅させて、何かが栄える。

 それでいいのか。

 そんなことに手を貸していいのか。


 第一滅亡するのは、将来人類になる哺乳類ばかりではない。

 ウサギやリス、象やキリンだって、出てこれなくなるのだ。




 白蛇は、貨車のすぐ前にいた。


 「さあ、スーパーおろちの貨車の扉を開けます。中には、恐ろしいウイルスが充満している。ウイルスたちは、すぐに解き放たれて、陸地の隅々まで行き渡るでしょう。今ここで死にたくなければ、客室に避難して窓を固く閉めるがいい。あなた達を死なせる気はありません」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る