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「恐竜が繁栄し続ける限り、哺乳類の台頭はありえない。けれど、実際の所、恐竜なんて必要なかったのだ。だって、真に地球に君臨できるのは、我々ヘビ一族しかいないのだから!」
白蛇は高らかに笑った。
「手始めに、こいつを絞め殺す。寒さに強い哺乳類です。来るべき氷河期を生き残れるほど。それから、地球上のあちこちに、ウイルスをばらまくことに致しましょう」
「やめなさいよ!」
おねえちゃんがいきなり、白蛇に飛び掛った。白い紐のような体に手をかけ、必死で動物をほどき取る。
クキキキキキキ。
小さな泣き声を残して、そいつは、平原の彼方へと走り去った。
「馬鹿な娘だ」
白蛇が、心底腹を立てた声で言った。
「20**年4月8日、この日が何の日か、知っていますか?」
ああ、僕が初めてスーパーおろち号に乗った日だ、圭太は思った。その日が、始業式だったんだ。
「知るわけないじゃない、この、オタンコナス」
おねえちゃんが金切り声で叫ぶ。
「あなたの命日ですよ」
「え……」
途端に、おねえちゃんの力が抜けた。
「20**年4月8日、午前8時14分、登校途中の神崎理沙は、交差点で信号無視の車にはねられて死ぬ。若さと持ち前の明るさで、上等とはいえないまでも、そこそこの人生を謳歌していたあなたは、突然、自動車という人間文明によって、命を奪われるのだ」
突然の静けさが辺りを覆った。
「嘘。嘘。信じらんない」
呆然と、おねえちゃんがつぶやいた。
「ええ、そうでしょうとも」
不気味に優しく白蛇は言った。
「でも、真実です。事故の直前に、スーパーおろち号が、あなたを拾い上げたのです」
「あたし、死んじゃうの?」
「元の世界に戻れば。すぐに。一瞬のうちに。人間の文明が、あなたを殺すのだ」
「……」
「……」
圭太は、言葉も出なかった。おねえちゃんも無言だ。
白蛇は体を伸ばした。
「だから、手伝ってください。愚かな人間に地球を破壊させないように。真に気高く理性的な生き物が地球を支配できるように。そうすれば、歴史は変わり、『現代』へ戻っても、あなたは生き延びることができる。爬虫類の、我々ヘビ族の支配する、美しい地球でね!」
ヘビの支配する地球?
圭太はぞっとした。
恐竜の足元で生きるのなら、まだ、いいと思う。
いや、違う。
恐竜の世界で生きることは、ひょっとして、人類にとって、とても幸せなことではないか。
今ではそう、考えるようになっていた。
だって恐竜は、とても高潔な生き物だから。
勇敢で優しい、そして強い生き物だから。
けれど、ヘビはどうだ?
この白蛇は、どうなんだ?
「ウイルスをばらまくの? 彼らを、殺すの?」
震える声で圭太は尋ねた。
恐竜が滅びるのなら、人類の繁栄は既定の事実となる。すでに圭太が知っている現代世界が、地球に出現するのだ。
その結果、「現代」に戻ると同時に、おねえちゃんは死んでしまう。
圭太は、あの辛い家へ、学校へ、帰ることになる。そして、一片の希望も見いだせないまま、生き続けなければならない。
やはり、人類の繁栄は、なんとしても阻止しなければならないのだろうか……?
「地球の為に」
白蛇は、しずしずと這い始めた。行く手に、スーパーおろち号の流線型が見える。
とてつもなくダイナミックで、とてつもなく、優雅なボディーの。
おねえちゃんがふらふらと、白蛇の後に続く。
圭太は迷った。
何かを殺して、何かを守る。何かを絶滅させて、何かが栄える。
それでいいのか。
そんなことに手を貸していいのか。
第一滅亡するのは、将来人類になる哺乳類ばかりではない。
ウサギやリス、象やキリンだって、出てこれなくなるのだ。
白蛇は、貨車のすぐ前にいた。
「さあ、スーパーおろちの貨車の扉を開けます。中には、恐ろしいウイルスが充満している。ウイルスたちは、すぐに解き放たれて、陸地の隅々まで行き渡るでしょう。今ここで死にたくなければ、客室に避難して窓を固く閉めるがいい。あなた達を死なせる気はありません」
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