60
「ウホッホイ、ウホッホイ、捕まえたぁー」
足元のシダの茂みから、嬉しげな歓声が上がった。
「あっ、白蛇!」
すっかり忘れていた。
白蛇は、とぐろをまいている。うろこがぬめぬめと光って、なんだか、不気味だ。
「キー、キー」
とぐろの中心から、悲しげな声が聞こえた。よく見ると、毛の生えた、ねずみのようなものが、しっかり巻き込まれている。
「なに、なによ!」
おねえちゃんが横っ飛びに飛びのく。
「捕まえた、捕まえた!」
ねずみのような生き物を、とぐろでがっしりと巻き込め、白蛇は、得意げだった。
ほとんど、半狂乱といっていいほど、舞い上がっている。
「圭太、おねえちゃん。よくお聞きなさい。これから氷河期が訪れ、恐竜は滅亡します。恐竜の時代はこれで終わります」
「その運命を変えるのではなかったの!? 人間の文明の力で!」
思わず圭太は叫んだ。
「そうよ! 今だったら、まだ、生き残っている恐竜だっているはずよ! その子たちを救い出して……」
おねえちゃんがこぶしを握る。
「いいえ。もう。いいんです。人間の道具によって恐竜を繁栄させることは、私はもう、諦めました」
白蛇はここで、ぎゅっと力をこめた。
きゅー。
とぐろの真ん中のもふもふした毛の塊が、苦しげに鳴く。
「今この時代に、こいつらを殺せばいいんですよ。そうすれば、未来永劫、人類は出現しない」
「なによ、それ。どういうことよ」
「頭の悪い人ですね」
白蛇は、見下したように言う。
「地球を汚し、壊すのは、誰ですか? 大気汚染、温暖化、偏った富、そして戦争。人間は、自分のことしか考えない、自分勝手で愚かな生き物です。存在することは、許されない。恐竜がいる間は、哺乳類は進化しようがない。だから、恐竜には繁栄を続けてもらう必要があった。しかし、考え方を変えればいいのだ。恐竜が滅びても、とにかく、人類が出現さえしなければいい、と」
赤い舌をぺろぺろ出した。
笑っているのだ。
とぐろに巻きつけたもふもふの頭を、ぺろりと舐めた。
「今から私は、こいつを殺します。そしたら……」
感極まったのか。
一瞬、白蛇は目を閉じた。下から上がった瞼が、眼球を覆い隠す。
すぐに、かっと見開いた。
「そしたら、地球の支配者は、我々、爬虫類だ! 恐竜の次に地球を支配するのは、実に、我々蛇一族なのです」
高らかに宣言した。その姿は、今まで旅を共にしてきた白蛇とは、全然違って見えた。全然違って……もっと邪悪で、いやらしいものに見えた。
とぐろの中の、苦しげな声が弱々しく響く。
「しっぽの中の、そいつは?」
白蛇の剣幕に押されて、恐る恐る圭太は問うてみる。
「おお、よくぞ聞いてくれました。この
こらえきれずに、白蛇は、ひひひ、と不気味な声で笑った。
「圭太君。君のお陰ですよ。君がタイムパラドックスについて、教えてくれたから。だから。私は、考えたんです。人類を滅ぼすのでは、手遅れだ。それより、最初から人類を発生させなければいい、って」
白蛇の尾にがっちりと巻き込まれたそいつの目に、涙が光ったように、圭太は感じた。
「やめなよ。苦しがってるよ」
「いいんですよ、こいつら、どうせ皆殺しにするのですから」
「ちょっと、どういうことよ」
おねえちゃんが叫ぶ。
「ひひひ。未来から、いろいろな病原菌を頂いてきましてね。哺乳類を大量死させる、ウイルスです。これを、この時代のあちこちにばらまきます」
「そんなことしたら、君らの先祖だって死ぬことになるんだぞ!」
びっくりして圭太は叫んだ。姿が見えなかったと思ったら、白蛇の奴、ウイルスを集めにタイムトラベルしてたんだ。
それにしても、蛇が地球を支配するって?
「我々は大丈夫。それによって死に至るのは、哺乳類だけです。哺乳類に対して発動するウィルスですから。コレラとかチフスとかインフルエンザ、とかね」
白蛇は余裕しゃくしゃくだ。
「ウィルス……」
圭太はぞっとした。
そんなものを意識的に流行らせたなら、この時代の哺乳類など、ひとたまりもないだろう。
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